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さざめくこえが 風に乗り
ふるえるゆびは 陽をすくう
わすれたみちが あらわれて
さあおどろうと 鈴ならす
[まどろみのなか遠く聴こえる歌声は、誰かのソプラノだった]
風に踊るひとひらの音 ちりりん ちりりん鳴り響く
それは鈴の音 いつ聞いた?
それは"わたし"が目覚める前に――
風に踊るひとひらの花 ひらり ひらりと宙を舞う
それはさくら いつ舞うの?
それは"わたし"が目覚めた時に――
[遠く、けれど、はっきりと、爆ぜる音がした。
それはまるで、目の前の薪と呼応するかのように]
『忘れたのか?』
[知らぬ男の声が笑っている]
[雪が舞う。ひらりひらりと。
さくらが呼ぶ。目を覚ましなさいと。
そして視界は明るくなる――]
目…醒めちゃった。折角気持ちよく寝てたのに…。
さくらが騒ぐから…。目が醒めちゃったの。
[まだ見慣れない風景に、私は一つ伸びをして欠伸をかみ殺す。
ふいに込み上げてくる渇望にくすりと笑みをこぼして。]
[先ほどよりずっと近く、ぱちん、と音がする。
それは、スイッチを入れたときの音に近いかもしれない無機質なもの]
[雪が音を吸い取り、頭の中で耳障りな音ばかりが大きくなっていく]
『くすくすくす……』
[誰かが何かを笑っている。
酷く懐かしい声音だった]
[カチカチカチと、それはまるで秒針のように規則的に音を為す]
『逃れられるなんて思っていないわよねぇ?』
[浮かれた声が、笑っている]
[本に載っていたさくらを見た途端、ナオは自分の身体が急に熱くなるのを感じた。]
「な…に…?なんだろう?この感覚…。喉が…渇くんだけど…」
[急激に枯渇する口内を潤そうと、ナオは何度も唾液を嚥下する。しかし乾きは一向に止まない。
と、その時自身の内側から知らない女性の声が聞こえた。ナオはその声に怯えながらも、静かに問い掛ける]
「ねぇ、あなたは誰なの?」
[内なる声は告げる。]
私は"あなた"よ?ナオ…。
あなたが私を目覚めさせたの…。このさくらの咲く地に来てしまったから。
だから、あなたにはわたしの渇きを潤す役目があるの?お分かり?
今からあなたはその姿で人の目を欺いて、"私達"に一晩に一人ずつ贄を差し出さなければならないわ。目覚めさせてしまった代償に。村の伝承に従って――
[にたりと口嗤う声に、ナオは抵抗の声すら上げられない。]
「代償って…まさか、あなたはっ…」
[先程目を奪われた本の内容を、ナオは思い出す。風の声が聞こえると、村人の身体が切り刻まれる。それはいつしか獣の名前として人々に言い伝えられたという。
その名は――]
「じん…ろう?」
ふふっ、ご名答。そうよ。私は人狼。人の恐怖を好み喰らう者。そしてあなたに宿りしものよ?あははっ!
あなたも不運よねぇ?学校のレポートなのか知らないけど、こんな場所を選んだ為に――あははっ!
[頭に響く高笑い。ナオは泣きそうになりながら俯く。]
『そうね、知ってるはずよ』
[少しずつ思い出していくのは、昔、大昔、この星のどこかであったこと]
[男は瞳を伏せて、細い息を吐き出した。
爆ぜるような音が、繰り返し頭の中で響く]
「わたしは…あなたの命に従わなきゃいけないの?」
[縋るように自身に問い掛けた言葉は、あっさりと一蹴される。自身の呪われた身体に、ナオは唇を噛んだ。]
あぁ、そうそう。間違っても自殺とかしようって考えるんじゃないよ?人狼ってのはわたし一人だけじゃないんだから。あんたが死んでも他の奴が狩をする。だからあんたが死んでも解決にはならない。ククッ…
[ナオの思考を見透かしたように、内なる声は指摘する。どうする事もできない自分に歯痒さを感じながら。]
さぁて、あんたとお喋りするのはこれでお終い。
今からあんたの身体は私が乗っ取らせてもらうよ?アハハハハっ!
あんたの意識を残しておいて、折角の獲物を取り逃がしたくはないからね?ふふふっ…
[囁かれる声に、ナオは必死で抵抗するも霞む意識に成す術はなく。ただ最後に呟いたのはもう一人の仲間を問う言葉。]
知ってどうするのか解らないけど、でも答えてあげる。
もう一人の仲間はね、今、あなたの目の前に…
[そう言って近くに居たヌイの姿を指差す。]
いる人よ?
[果してナオの目にその姿は*見えただろうか?*]
[目が醒める。
ちりりん ちりりん 鈴の音が
ちりりん ちりりん わたしを呼ぶ。]
人と向かい合うときのわたしって…嫌い。
だって母さまみたいな醜い口調になるんだもの。
[程無くしてわたしは目を覚ます。乗っ取ったのは少女の身体。制服と呼ばれる着物は風を通し、少し寒い。]
あ。そう言えば男の子が"わたし"を待っていてくれているんだっけ。急がないと心配されちゃって…近付かれたらわたし…きっと渇きを癒さずにはいられない。
[そう呟いて。わたしはすぐさま否定するように首を振る。]
だめ…。彼は今は【まだ】だめ…。
もう少し見定めてからじゃないと…だめ――
[わたしは自分に言い聞かせるように呟いて。近くにあった防寒着を来て外に向かう。
立ち去り際、視線が合った"彼"を一瞬だけ見つめて――]
… … … …――
[口許から零れたのは笑み?それとも新たな*狩の合図*?]
またですか?
『よかったな。独りじゃなくて』
[聞こえるのは、しわがれた男の声。
それが誰のものであるかは、今日になって思い出した。
思い出したというよりは、知ったと言った方が正しい。
老若男女、幾人もの声が、大小さまざまに響く]
こんなに耳障りなのは、雪のせいでしょうか。
『死んじゃったらどうする?』
[幼い少女の声がした。
そんなバカな、と考える]
『だって弱そうだもの』
[弱い?]
『気付いてないの?』
[ナオさん?
声には出さず、心の中でのみ名を呼んだ]
[また、あの声が歌を唄う]
『まっかな歌が おしよせる
まぶたの裏で 星がなき
咲けよさけよと 種をまく』
[それはそれは楽しそうな声で。
あなたは誰なんですか?
訊いても、声が名乗ることはなく、延々と唄いつづける]
[管理人さんはどこに隠したんですか?
眠りに落ちそうになりながら囁く。
どこにも、確信などはないのだけれど]
『何のことかな』
[とぼけるのは、くぐもった声の男]
[前にも同じことをしていた気がしたものですから。
ため息をつくようにそう言った]
『それなら、こう言ったら満足?』
[張り付くような声の女が、喉を鳴らして笑っている]
『終わりの始まりはもう過ぎているのよ』
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