[神様を殺す、そう言われてようやく腑に落ちた。
窯神様を崇めるのは、この村の存在を知る者だけ。
崇める者が全て死に絶えたのなら、]
神は、死んだ―――…、とそうなるわけですか。
[後ずさったポルテに、眉を顰めて]
動かないで下さい。
窯には近寄らないようにと、言ったでしょう?
[意識の落ちたポルテの躯を支える]
―――…ヂグさんは、摂りこまれましたか。
[オオカミとしての感覚が、ヒト一人が消えた事を告げた。
つまりは、]
このヒトが終われば、後はぜん兄だけですけど…。
起きている間と寝ている間、どちらが良いですか?
[尋ねる声は、他者に向けるものよりも温かみを帯びる]
[抱えた腕から伝わる熱は、昨夜と変わらず焦燥を駆り立てる]
…、 ―――……っ
[露になった咽喉に牙を突き刺して、その血を啜る。
腕を爪で抑え、腹を食む姿は、飢えた獣の荒さ]
……ッは。
そう、もう……、終幕、なんです。
[声は、微かに震える]
[開いた口唇は、ポルテの命の朱に濡れ]
ぜん兄は…、 ……
[怖くないのか、尋ねかけて止める。
少し視線をさ迷わせ、微笑にも泣き顔にも似た表情を浮かべた]
どうしてぜん兄は…、そう、なんでしょうね。
…静か、ですか?
ああ、そう…ですよね。でも、
[ポルテの躯を離す。
床に落ち、血の跳ねる反響音。
けれど、それが静まっても]
僕には、ぜん兄の鼓動が…この距離でも聞こえていますから……。
[その音に誘われるように、ふらふらと近付いて]
ぜん兄が捻くれているのなんて、それこそ20年以上前から知っていますよ。
[問いを問いではぐらかすのも、冗談めいた言葉遣いも、昔から知っていた。
その真似をし始めたのは、何時からだったか]
―――…冗談ならば、考える必要はなさそうですね。
[浮かべた穏やかな微笑。
確か、これも幼い頃に真似たもの]
[ゼンジのすぐ傍らに立ち、直前まで彼自身の手が置かれていた場所に、朱に濡れた右手を添える。
爪を変じれば、間違いなく、この響きは止まるのだろう]
―――…色々と知ってはいますけれど。
幾ら真似ようとも未だに…、ぜん兄の本心は理解できませんね。
[一瞬の躊躇い。
真似を止めて、真剣な…少し苦しげな表情で見据える]
本当に、これで良いんですね?
[尋ねるのは、きっとこれが最後]
[最期の言葉になると分かっていた。
語られる全てを、受け止める覚悟で]
[それなのに]
[「人狼」だけは、嫌いじゃなかった。]
[胸に落ちた最期の言葉は、嬉しいもののはずで。
――…けれど、何処までも哀しい言葉だった]
[バラバラと床に落ちる飴の音も、仄かな笑みも。
聞こえていた。見えていた。
ただ、どうすべきかは分からなかった]
ぜん、に――… ……、
[名を呼ぶことが、許されているのかさえも。
分からなかった。
知りえたのは、欲しいと願う衝動で。
鼓動の途切れたその場所に、口を寄せ、紅を吸う。
それは、甘くはなくて。なぜだか少し、*塩辛かった*]
―未完成のまま著者の喪われた原稿―
[××年、×月。
人影の無い筈の山の中腹から、細い煙がたなびいた。
山火事の可能性に、近くの住民たちが様子を探りに行くと、それは13年前に失われた村から上がっていた]
[村の奥に進むと、其処には一軒の建物があり、その煙突が、煙の源だった。
その建物には幾つかの窯と、それに応じた数の煙突があり、ひとつひとつを彼らは探ったのだが、火の気のある窯はひとつも無かった。
その代わりに彼らが見つけたのは、幼い少年と学生らしい少女の無残な死体]
[火の元を探すうち、彼らの一人が気付いた。建物には地下があったようなのだ。
しかし、其処へと通じる階段は何かの衝撃に崩れたようで塞がっており、その奥へと進むことは叶わなかった]
[なんらかの事件の可能性から、警察は建物の地下の捜索を行おうとしたが、諸々の理由からそれは頓挫した。
代わりに、建物の1階部分に残されていた品をこと細かく調査することになった]
[多くのものの詳細は、此処では省く。大事なのは1点。
一つの鞄の中には、とある作家の手記があったという。
それも、あの二人分の死体に関する内容のものが。
しかもそれだけではなく、もう他に何人もこの建物内で死者が出たというのだ]
[いや、より正確には、このあと自分が何人も「死者を出す」だろう、というものだ]
[一見犯行声明のようにも見えるが、人狼というこの地方に伝わる迷信などのフィクシャルな部分も多く、警察は彼の創作用のメモだと判断したようで、この手記は現在重要視されていない。
だがそれを何故、大切だと言うのか]
[それは元この村の出身である人々が、如何にもこの件に関して口を閉ざすからだ。
それも事件についてではなく、この手記に関して。
先ほど述べた人狼についてはまだ語ってもらえるものの、当文の最初に述べた窯に関する点に話が及ぶと彼らは口を閉ざしたきりになってしまった]
[それが窯神、という彼らの崇めていた神に関するものらしいと語ってくれた者もいたが、今ではその情報提供者も行方不明となっている]
[その手記の内容を最後に、一度このレポートの詳細を区切り、次までには更なる内容を
―以下空白]
―付属のメモ用紙の内容―
オオカミは神殺しを行う。
古き神を忘れることで、オオカミからは逃れられる。
古き神の名を呼べば、オオカミの災厄が降る。
ヒトの躯を捨てたオオカミは、常に貴方の後ろに立っている。
忘れることを、忘れぬように。
[走り書きのメモはぐしゃぐしゃに握りつぶされ、その半分以上は、赤く紅い血で*汚れていた*]