[1] 絞り込み / 発言欄へ
時同じくして五月のある日。
アンは村の自警団長から手渡された封書を見ては、
怪訝な表情を浮かべた。
差し出された中身を確認すると、そこには先日森の中で発見された変死体への事件性を唱えた内容と、人狼の嫌疑をかけられた者の名前が連なっていた。
無機質に並ぶ手書きの文字の中には、なぜかアンの名前も記載されており、
冒頭の不躾な言葉が彼女の口から吐き出されていた。
「人狼の疑い…ってどういうこと?!」
やや詰問調に投げかけた謎に、
自警団長は少々青褪めながらも
苛立ちを隠せない表情を浮かべながら、
それでも淡々とアンに対して理由を告げた。
今回被害を受けた者の遺体の特徴が、
言い伝わる人狼のそれと酷似すること。
また、遺体が発見される数日前に森へ出入りした形跡がある者総てが今回被疑者の対象となると。
そして、一通り説明が終わると自警団長は、村の片隅にある一軒の宿屋を指し、強制的に出向くように告げてその場を立ち去る。
【嫌疑を晴らしたければ、自分たちの手で人狼を見つけ、
我々に突き出せ】
そう、付け加えて。
身に覚えのない疑いを突如かけられたアンは、
指定された場所へと足取り重く向う。
やがて視線に捉える収容所として宛がわれた宿屋の入り口には、
真新しい紙が一枚、貼られていた。
【処刑の敢行】
・一日一人、集められた者達の中で疑わしいと思われるものを、毎夜23時30分の見回り時に我々自警団員へ差し出すこと。
誰ひとりとして差し出せぬと判断した場合は、その場で総ての者を処刑とする。
・我々自警団の処刑を待たずして、自らの手で疑わしき者を処分としても構わないこととする。
・尚、すべての人狼と思しき者の処刑完遂と思われた場合は、残った者総ての同意が得られた場合のみ、解放への交渉へ応じるものとする。
「なに、これ…」
まだ誰も集ってはいない空間に一人佇むアンは、
血の気が引けた唇を苦く噛みしめ、
踵を返し件の森の方向へ、無言で*走り向かった*
「でもよかったんですか? 団長。あの少女、宿屋に留まりもしないで森の中に走って行きましたが」
審問所として急遽宛がわれた宿屋からほど近くの場所で、
見回りを行う若き自警団員は、言葉とはうらはら
どこか間延びした声で少女の行方を指す。
「構わん。放っておけ。彼女が本当に人狼なら、仲間に知らせるための動きだろうし、もし人間ならこの上ない好餌となろう。食事は生きのいい柔い肉の方が、奴らとて味わい深いものだろう」
「うわっ、団長も人が悪い」
「真実の所だろう。誰だって己の身が一番いとおしい。生き延びる術ならなんでも使いたい。そう思わんかね?」
上役のえげつない言葉に身を竦めた青年に、壮年の思慮は同意を求めるかのように滑り落ちる。
まるでさも当たり前の、正しいことをしているかのような錯覚に陥らせるかのように。
「でも団長、なにも疑わしい者達を一か所に集めなくても、その人狼って奴が出てきたときに仕留めれば良いんじゃないですかね? ほら、拳銃でバーン! と」
既に村の何人かの自由を奪っておきながら、まだどこか人狼騒ぎが御伽噺のように思ってか。若き自警団員は活劇の役者のような大袈裟で立ち回る。
「言葉と形が合っていないが? それに奴らはまやかしを使う。さらにごく一部の者はその正体に触れた相手を呪い殺せるほどの力を持っているらしい。
この村に現れたあやかしがどの程度の力を持っているかは解らぬが、念には念を。過剰に防御線を張るのも悪くはないだろう」
「ま、そうですね。所詮人間なんて己の身が一番可愛いですから」
思惑は進む足跡に色濃く落ち、やがて消えていくだろう。
誰かの耳に入るやも知れぬが、それは自警団員たちには関わりのないことに過ぎず。
[1] 絞り込み / 発言欄へ