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病院表口
また、来ちゃった
[友達の家に来たみたいな、そんな軽い口調で少女は笑った。薄青のマフラーを取れば、その首はいかにも寒々しく。出迎えた顔見知りの看護士に無理やり巻きなおされた]
うん…風、強いもんね
[おとなしく頷いて、緑色のトランクを引いてエレベーターへと向かう]
うん、うん
今度はそう…どれくらいかな。聞いてないや
[トランク曳いて、学校行って。
またね、って手を振って。
学生鞄は肩にかけてそのまま病院へ来た]
トランクがおっきい?
うーん、ゲームは飽きるから今度は本にしてみたんだ
[笑い声交じりの会話。顔見知りの警備員にもやはり手を振って。少女――と呼ぶには背の高い、それでも女ではない彼女は、スカートを翻して病室へと*向かう*]
入院棟、廊下
結城先生!
[トランク片手に小走りになる。窓辺にいるその姿は見知ったもの。今まで執刀してもらったことはないが、外来で来た時に何度か顔を合わせている]
こんにちは、
………先生?
[風に揺れ薄茶の髪が靡く。
結城の横顔が少し翳って見えて、少女は首を傾げてその顔を覗き込んだ**]
[中庭から響く歌声が止んだ。
前回入院した時、その声を目の前で聞いた。
白い雲が、青い空が
裸足の足裏を擽る芝生が
全部、全部。眩しかった]
603号室
[結城と何か言葉は交わしたか。
きっと、笑顔で別れただろう。ばいばいと笑顔は1セットだから]
……とうとう個室、か
[最初は4人部屋だった。それが2人部屋になり、かけられるお金は少しずつ増えていった。個室の多い上階の部屋は、眺めだけは、本当に良かった]
悔しい、なあ
[首に巻いたままのマフラーを握り締めて窓から顔を背けた]
[そういえば、隣のクラスだか下の階だったか、ともかく同じ学校の有名人が入院したという噂があった。
隣の席の………]
クラスメイトも思い出せないとか
だめだこりゃ
[なんとかという女の子が、眉を下げて、でもどこか誇らしげに話していた。噂の発信源になれることが嬉しいのか、と考えたことを覚えている]
まあ制服脱いだらわからんけどね
[ひとりごち、マフラーをベッドに放り投げた]
[スカーフに手をかけて、首を振った。
今日は一つ目の検査まで時間がある。まだ、もう少しだけ。制服でいよう。
トランクを開けて、荷物を片付ける。図書館で借りてきた本は出さずに、パジャマを一着、マフラーの横に置いた]
ずっと此処にいたらそりゃあ…
[気分も滅入るよね、と。
陰を隠せていなかった結城の顔を思い出した。次に会うときは、彼が言った「後で」の時は]
私が暗い顔してなきゃ、いいけど
[一人でいるのに慣れると、どうにも独り言が増える。誰か、誰か。大きな財布から少しだけ小銭入れに移し変えて、水色のがま口を片手に病室を出る]
ラウンジ
[廊下を進みやってきたのは、緑と青が一緒に見えるラウンジだった。両方とも好きな色だし、何より此処にいる人の空気も、なんとなく好きだった]
おばあちゃん、元気してた?
[踊るような足取りは椅子の前で止まり、ぼたんの前へと膝を抱えるようにしてしゃがみこんだ]
へへ、おばあちゃんにまた会いたくて
…来ちゃった
[笑顔も、顔色も、悪くない。
元気だと分かれば、それを見る少女の気分も上向いて]
もう会えないはないよぉ
これからは毎日、会えるよ!
[それは見舞いではなく、入院だという言葉。
一見元気そうに見えるのに、少女の身体はそのセーラー服の下にいくつもの傷跡を隠していた。
ほら、今だって。
まくりあがったスカートの裾から、腿に走る縫い跡がうっすらと顔を覗かせている]
そうだよ、一緒に長生きしよ!
[ほおづえをついて、にこり、と首を傾げて見せた。けれど、ぼたんにスカートを示されれば、顔をあげ慌てて裾をなでつけた]
や…やだな、おばあちゃん
サービスはおばあちゃんだからだよ…
[へへ、と眉を下げて笑い声をあげる。
立ち上がり、上着の裾も撫で付けながら]
新しい子、作ってるの?
んー…
[誤魔化しから出た真。ぼたんが抱える人形をじい、と見つめた]
そう、だね。女の子はいつでも可愛くいたいしね
[そうっと人形の頭へ手を伸ばす。ぼたんの手に触れないように、髪の先を撫でようと。
もし触れたならば
ぴく、と手が震えたのが、伝わってしまうかもしれない。
家族よりも屈託ない笑みを向ける相手でも、老いは、死は
身近ゆえに少女にとって恐ろしいものだった**]
ラウンジ
おばあちゃんは可愛いよ?
私もおばあちゃんみたいに、なれたら……
[止まっていた手で、最後にもう一度人形の髪を撫で、腕をひいた]
クレープ、食べるの大変だけど好きだよ
甘くて、ふわふわで……幸せの味がするよね
お薦めのお店あるから、案内するね
[約束だよ、と少女は笑う。
ぼたんの笑い声に重なるように、目を細めて歯を見せた]
『黒枝様、黒枝奈緒様―………』
[呼び出しのアナウンスが、二人の笑い声に被さった]
……忘れてた、そろそろ検査だった
おばあちゃん、また明日ね!
[ばいばい、と手を振り背を向ける。風に巻かれた葉っぱが一枚、少女の髪に*舞い降りた*]
や、く、そ、く
ま、た…ね
[階段を下りながら、一段ごとに確認するように呟く。病院だからエレベーターはたくさんあるけれど、"病院の匂い"が篭りそうであんまり好きじゃなかった]
あのお店最後に行ったのいつだっけ…
[堂々と友達と買い食いできるようになったのは高校生になってから。長期休みにしかなかった入院が頻繁になったのも、それくらいだ。
一人で食べるのは、楽しくないから]
おばあちゃんと、約束っ
[とん、と一段飛び越して目的の階にたどり着いた]
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