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[かたり、と味も素っ気もない音が小さく響く。古びてはいるが手入れは欠かされていない、見慣れた扉を開けて、男はバーに足を踏み入れた。
黒く厚いロングコート。口元までを覆う、縁が薔薇じみた青の飾りで彩られたファーの襟。年季が入り少々くたびれた帽子。
小柄な身にはそぐわないような、ぎょろりと鋭い眼差し。そんな些か一般的ではないような出で立ちにも、マスターは何等難色を示さない]
[当然だ。此処は、馴染みの店なのだから]
[カウンターの端の方の席に、男は腰を下ろした。帽子もコートも脱がないまま、マスターを一瞥し]
[ややあって差し出されたグラス、その中に入った薄茶色の液体を、男は襟を下げて一口飲んだ。甘く柔らかい、カルーアミルク。
氷がからりと涼やかな音を*立てて*]
[タンブラーが倒れる音。液体が溢れる音。少し離れた横からしたそれらに、男は視線だけを動かして其方を見やった。
カウンターの上に広がる赤。物騒なその色は見慣れ、好きだとも嫌いだとも思わないものだ。
赤をぶち撒けた相手に対し、男はただ片眉を動かしたばかりで、別段文句を零しはしなかった。その奇行は、いつもの事、だったから。
勿論、直接被害を被れば話は別だが]
……十一月の、三日だ。
ヴィルヘルム・ライヒが死んだ日だな。
[生誕を問う声には、呟くように返答した。マスターから詫びのグラスを受け取り*つつ*]
もう冬に入る頃だ。
……オーロラが見られるかどうか、だな。
[その鮮やかとは通じない、むしろ彼の言う雪の方に近いだろう乳白色を掻き混ぜつつ、僅かだけ思案するような素振りをした。
誕生日の話には肩を竦め]
誕生日なんて、そう嬉しいものでもない。
若者までならいざ知らずな。
まあ、嫌いという事もないが。
茶会なら、私は好まない。
[彼が別の姿に話しかけるのを見やり、グラスを傾ける。見慣れたカウンターの奥を見るでもなく見つつ]
ああ、
……まあ、構いはしないさ。
何でもない日に、杯を捧げよう。
[薄い酒に甘い酒を寄せる。グラスが合わさり、氷が揺れる、涼やかな音が一つ*響いた*]
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