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私たち、ほんとはみんな
[その言葉を口にするとき、小さく震えた。]
とっくに死んでいるんじゃないんですか?
[封筒にはまだ白い紙。広報誌の訃報欄にはまだ空白。]
[目の前のエビコから目を離し、窓辺を見やる。
そこに見えた人影の名は呼びもしない]
……気が振れそうだ。
[窓から吹き込む風は穏やかに頬を撫ぜていく]
そんな馬鹿な話があるわけないじゃないですか。
あるわけがない。
[手元の封筒に住所を書き込み、おもむろにエビコに差し出す]
ああ、そうだ辻村さん。
これ投函してもらっていいですか?
[夢を見ていた。
故郷へ帰る前の、最後の日の夢。
インターン先の美容院の皆が笑顔で送り出してくれた。
がんばれ、といって。
…そして故郷へ戻る、電車へ乗り込んで…それで]
あれ、そっから先は…?
[変な夢、と思ったときに目が覚めた]
ふね?
[窓から外を眺める。迎えの舟の姿はないだろうか。島にどうやって辿り着いたかを考えると、頭の奥がずきりと痛み、思わずうずくまった。]
[頭に鈍い痛みがある。霞がかかったように働かない]
[立ち上がって、荷物から黒い薬瓶を出し、
中から丸薬を3粒。水も飲まずに嚥下する]
[頭の働きはかわらないが、気分が落ち着いた]
ああ、明るいんだ。
銀坊を探しにいかねえと。
[口に出した言葉とは裏腹に、もうどうせ探しても
見つかるわけがないとしか思えず、
玄関口に出たはいいが、ひどく億劫に思えた]
薄情だねえ、あたしも。
[あは、とよく晴れた空に向かって笑う]
[昨夜は遅くに寝たので、目が覚めるともう大分陽が昇っていた。月光とは違う圧倒的な陽の光が、窓から差し込んでくる]
……眩しい。
[一体どうしてこんな事になっているのだろう?と考える]
私はただ、お母さんに会いたかっただけなのだけど。
[窓の外を眺める教師の横顔を、じっと見つめる。
彼が手渡した封筒を、拒絶することなく受け取った。]
この島にはポストはありません。
……私が、生きているなら。
[指に力がこもる。封筒がかさりと鳴った。]
先生、先生は生きていますか……?
[不意に頭の中に声が響く。
”どうだ楽しいか?”
”望みをかなえてやったろう?”
”あちらとこちらを繋いでやったろう?”
声は、くっくっと、愉快そうに笑っている]
ちっとも、楽しくなんかないよ。
[月に魅入られた時から続いていた、生きている振りをしているような?あるいは、生きているのに、死んでいるかのような?そんな感覚は、火祭りが始まってどんどん加速していった]
何でみんな消えていくの?そんな事はお願いしてないよ。
何で……。
私は、ちっとも悲しくないの。何も感じないの?
明るいね。
明るくなったら、闇は、眠るんだが。
あの連中、夜に寝て、朝に起きてやがる。
違うのかね…。
真っ暗闇は、お月様の、ご主人様。
[目線を空に向けたまま、うろうろさせる]
[無意識のうちに胸ポケットから
紙巻を取り出して、口にくわえる。]
しま…
[彼らはここの住人ではないのだろうか?取り残された人々を不思議そうに眺める。上着の人が玄関口に見えれば、宿舎から外へ向かおうとする。]
…へぃき?
[鈴木の笑みにつられるように表情を緩める]
船が来たら帰れる。
[エビコの問いには肩を竦めて]
俺は死んでる気がしますよ。
ネギヤ君とギンスイ君、マシロ君だけならまだしも
……何だったかな、この村に来てすぐ亡くなった
[本棚の脇を一瞥する]
小森さん夫婦まで見える。
あとは、モンペ姿の顔を知らない人だとか。
[心配されると、振り返って見上げ]
へぃき…
[痛みはすでに引いていて、一過性のものだからと笑いかける。礼を言うと、グンジの言葉の続きを、現実感を喪失したふわふわした感覚と共に聞いている。]
[少年に声をかけられると、びくっとして
くわえた紙巻を落としそうになる]
[そこでやっと紙巻を出していたのに
気づいて、胸ポケットに戻しながら]
おう、あたしゃまあ、
混乱してるが大体、いつもどおりよ。
[外に向かおうとするのに気づくと]
外に出ても、ってことかえ。
出るなとはいわんが、
あんまり遠くに行かねえほうがいいぞ。
…近くでも迷いそうだな、おめえ。
[少年の笑顔に首を振る。]
あとでライドウさん……あの髪の長いお兄さんに看て貰うといいわ。
[玄関の向こうに消える背を指す。
重い足取りで出ていく男の目的にはまだ思い当たらない。]
…そぅ?
[ライデンの言葉を聞いて、安堵したように笑う]
まぃ、ご?
[戻るべき場所がないのに、迷うって言うのかな?と首を傾げ、後ろ足で耳の後ろを掻いた。]
らぃど!
[エビコの言葉を聞いて、笑う。丸い瞳でエビコの目をじっと見上げたまま]
いきてる…しんでる、どういう、こと?
…みんな、ここに、いるよ?
[首を傾げる。かさかさと視界の右端をフナムシが通りすぎれば、それを追うように宿舎の外へと駆けていく]
[玄関口からのろのろと少し歩く。
どうしても歩みが進まない。
探すといってもどこを?そもそも、何を?]
…だめだ。やめた。
[そのまま取って返す。行きの1.5倍の早さ]
[何も分かっていないように見える少年の問いかけに、教師にしたのと同じ言葉を返すのは躊躇われた。]
そうだね。
私も、あなたも、先生も。
みんな、ここにいるね。
[こうして背を撫でることが出来る。
声も聞こえる。
なのに、何故、彼らは消えてしまったのだろう。]
[入れ違いのようにフナムシを追いかけ
出て行く少年の言葉を聴くと]
ライドぉ?
なんだ、ハイカラな言葉覚えやがったな。
………らいど、う
[ひとつ、思い当たる]
……まぁた、俺の呼び名間違えてんのか、あん人ぁ。
いつだったか、前にも注意したのになあ。
[しょうがねえなあ、と笑う]
[エビコがセイジに声をかけ、セイジが出て行くのが見えた。相変わらずの不思議な行動に少しだけ笑みが漏れて]
みんな、まだ居るんやね…少し安心したわ。
[ふぅとため息をついて、いすに座る]
『ぐぅ』
[安心したのか、腹の音が鳴った]
[少年の背を見送って、再度教師に向き直る。]
小森のおばちゃんも見えるんですか……。
モンペの方は多分……一昨年に亡くなった大石さんかも。
その人たちは見えないけど、私たちにだって、マシロちゃんもギンちゃんもネギヤ君も見えましたよ。
だから、先生一人だけがおかしいって言う訳じゃないと思います。
今も、見えたり声が聞こえたりするんですか?
[問いかけは、おはようの挨拶に遮られる。]
イマリちゃん……おはよう。
[彼女の姿が「見える」ことにほっとして、微笑んだ。]
[出て行く直前、エビコにかけられた言葉には、同意を示すように頷いた。
外に出てから、考える。知っている。死んだ人は、動かない。死んだフナムシも、動かない。]
じゃあ…しんだと、きづいてない、ひとは?
[動くの?動かないの?と、後をついてくる猫を抱え上げて目線を合わせて問う。猫はただにゃーんと鳴くだけ。]
声は聞こえませんよ。
テレビで見る幽霊みたいに薄暗くて
……何かを探しているように見えます。
[本棚に寄りかかり、取り出した古い本を開いた。
紙魚が、光から逃げるように動き回る]
幻月は吉兆だと言うのにな。
[呟きは、咥え煙草のせいで*くぐもっている*]
[ぼんやりと周りの会話を聞きながら、
夢の意味を考えていた]
みんな、死んでる?
船は、誰も置いていってはいない…
え、それじゃ、あたしたち、は?
[夢は、故郷に着く前に、途切れていた]
あたし、帰ってこれなか、った??
うそよ、そんなの。
だってあたし、ここに。
[「まだ」いる。「まだ」はいつまでだろう。
そんなことを考えて陰った瞳がイマリのお腹から聞こえてくる音に和らいだ。
くすくす笑って、炊事場の方に首を向ける。]
お腹、空いたよね。
私も空いた。
豚汁、まだ残ってるかしら……?
[腹の音に思わず焦る]
あわわ。おなかすいてもうたー。何か食べるものあらへんやろか。
[食料を探して周りをきょろきょろと見る。入り口近くにいたホズミに気がつき、挨拶をした]
エビコ姉さん、豚汁あるん?たすかるわー。
[少しだけ真面目な顔をして]
腹が減るってことは、まだ生きてるんやろ。多分。
[ライデンとイマリにぼんやりした瞳を向け、手をあげた]
どうやら、みんないない人、みたいだねぇ
[す、っと立ち上がると部屋から出た。
豚汁があれば調理場で温めなおそうかと]
何か食べるもの用意してくるわね。
[言って、炊事場へと歩き出した。
途中、ふと不安になって寝室にしていた部屋を覗き込む。
異人の血を引いた少女は、朝部屋を出た時はよく眠っていた。
彼女は、まだいるだろうか?]
ちーちゃん?
起きた?
ちーちゃん?
[光を浴びて泣く少女に、目を瞬いた。]
人間はよく生きる意味を求めるが、そんなものあると思うか?
同じように、死に意味はあるか?
[本の表紙に視線を落としたまま、問い掛けるのは生者相手か死者相手なのか、自分でもわかっていない]
[部屋を出て行くホズミの言葉を聞くと]
みんないない人?
少なくとも俺は、いるぞ。
いるぞ。間違いなく。
[意味を良く理解していないが、反論するように
調理場へ向かう背中に向かって声を出した。]
[ライデンの言葉が背後から聞こえたならば足を止めて]
あぁ、わかってるさ
だってあたしも、「いる」もん。
[何かわかってきたような、でもわからないような不安]
[炊事場の近くでエビコと頭を撫でられるその姿を見て、
思わず空を見上げた]
[今はその影を見せていはいない月。
ただ、その存在が深く心を侵食されているかのような
感覚だけは強く残っていた]
[重い気持ちを振り切って炊事場のなべを片っ端から開けていく。
一番端の深鍋に豚汁が残っていた]
あぁ、炊き出しで出してなかった分が残ってたね
…悪くなってはいないだろうけど。
[棚から小皿を取り出して少し味見]
うん。大丈夫。…………多分。
[呟いてなべを火にかけた。
程よく温まったならば火を止めて、食べられるように器を*用意するだろう*]
先生、難しいことを言いなさるね。
生きる意味って、アホやって楽しかったり、
お月様がきれいで感動したり、
そんなんでもあたしはいいとおもうけど。
それじゃ、学者さんの方じゃ認められねえんかな。
よくわかんねえや。
でも死ぬって言うのはなんか。
元に戻ることだと思うよ。
なにもかも、元は、やみ。
[イマリの『残す』という言葉に、娘のことを思う]
そこにあるだけだ。
生も死も、そこにあるだけだ。
[深く吸い込んで吐き出す息は細く白い]
神様はそこまで暇人じゃない。
[ライデンに視線を向けて静かに笑う]
そう、生きる意味など自分でしか見つけられない。
そして、死んでめぐる。
[短くなった最後の一本を灰皿に押し付けた]
[エビコの声に、振り向いた。優しく声をかけて頭を撫でてくれるその人を、不思議そうに眺める。自分が泣いている事にも気づいてない風で]
怖くなんか、ないよ?
だって。
何も感じないんだよ。
[そう口にすると、ようやく表情が歪んで。ぎゅうと、エビコにしがみつく]
何も、感じない……?
[小学校を出たばかりの少女には、この状況は過酷だ。
何も感じないことによって、彼女はその身を守っているのかもしれない。
しがみついて来た少女の、光に透ける髪を撫でた。]
ちーちゃんも、何か思い出したの……?
難しいですなあ。
[ふっと笑い、煙草を灰皿に押し付けるのを見て]
ああ、先生。
もしよければ火、貸してもらえませんかい。
アタシもやるんだが、こっちくるとき
マッチ箱持ってくんの忘れちまってね。
昨日ならいっぱいあったんだがなあ。火。
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