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…
キク嬢ちゃんも 消えた て。
ボタンの婆っばん だけじゃ 無かとやな?
[アンに聞いた名は出さず、セイジが落ち着いてきた頃に聴く。
交わす会話の中では、
アンとギンスイが酷く彼を案じていることも伝え]
…俺も、婆っばんに 訊いてみっで。
何ごて こげなこつに なったか――
[現れ、駆け寄ってきた姿に]
……ヌイさん。僕は……
[大丈夫だと言おうとしたが、自分の顔色を、説得力のなさを思ってか、ただ頷くのみに留めた。ボタンの事がわかったと言ったのには、少しばかり表情を緩めたが]
……アンちゃんが……
[耳に届く名前にリコーダーをぐっと握った。あんころ餅屋の縁台に座らされて]
……キクコ、ちゃんも?
アンちゃんと、ギンスイ君……
皆は、今どうして……?
[暫くしてからヌイが出した幾つかの名前に、そう尋ねる。彼が彼女らの行く末を知っているらしいと、改めて察せられて。
ただ、返事を聞く前に]
……ヌイさんの、言った通り。
ボタンさんだけじゃ、なかったみたいです。
[ぽつりと、先の確認に答えた]
もう一人……
[少しく、逡巡の間があり]
……タカハル君、が。
[その名を告げる]
それがわかって、誰かに言わなくちゃと思って……
外に出たら、丁度、タカハル君に会ったんです。
……いつものタカハル君とは、違いました。
もっと雨を降らさなきゃ、堰はこえられない……そんな事を、言ってて。
タカハル君じゃない声が……一緒に、聞こえました。
その声は……縛から、開放されたい、と。
[呟くように、先程見聞きした事を伝え]
それで、どこかに走っていって……
追おうとしたけど、追えなくて……
[悔やむよう、眉を下げて俯き]
川の方に……向かったんだと、思います。
……。タカハル君……
[その方向を一瞥する。髪から滴った雨の雫が、ぽたりと膝の上に*落ちた*]
[ヌイがちゃんと傘をさしたのかも見ず、グッとアクセルを踏み込む。
『五人』の家族たちが、そして村の人々が、雨の中を捜索する横をすり抜けた]
じゃあ何なら信じるんだよ。
[自嘲のち、舌を打った。
視界不良の雨の中、軽トラは裏山へと*進んでいく*]
[案じたあんころ餅屋の主が、ぬるめに淹れた茶を持ってくる。
手短に礼を添え受け取ると、ぽつぽつと話し出すセイジに渡し]
―― タカハル が したと か。
ん。堰を、越える。 …そんで 川か。
[普通ではない死なせかた。普通ではない「仏さん」。
不可解には不可解なりの繋がり――戸惑うまま男は受け取る。
ゆらりと動く視線は、とらえられないものを探すよう動く。]
… ほ 婆っばん。
きこえる と わかる は ちっと違ごおぞ。
[えび茶いろの傘はみえないが雨が傘を叩く音はきこえる。]
…
お前ンさあ、 何ぃか。
[「お前さまは、何か」
――老婆のものでない声へ男は低く言う。]
おはんな、誰ぃさあな。
[「お前は、何さまだ」
――老婆のものでない声へ男は低く言う。]
『わたしのことなんて
すっかり忘れてしまったみたい』?
『 くやしいから ―― 』 ?
[ずっと胸にあった静かな憤りは声を掬う調子に滲む。]
…そン気持ちで、婆っばんに つけこんだ とか。
お参りが減ってお社の力が弱まったから て 何ンか。
…『あのひと』は タカハルんこつ か?
ひとの願い 破るなら その望み 潰えろ。
―――― 叶える気の 無か 手で
セイジに 触ンな !!
…よウ。
蜂でん、刺すときァ 命懸け じゃっど。
[声は押し殺すとも、移民の男は人目を憚らず在る。
その視線は確かに老婆の目の高さへ宛てたものと思しく]
お前が 懸けたは、自分の命ですら 無か。
婆っばん、 握り飯が いつもうまかったのは
俺の腹が 減っちょった だけじゃ 無か。
婆っばん、「そいつ」は 婆っばんに 似とらん。
[さわれない手が、宙をみえないままに摩る。
虚空へ描き出すのは、ボタンの頬のかたち。]
婆っばん、「そいつ」は ――叱って やらんとか?
てるてるぼーず、てるぼーず……。
[川原に生える木の枝の上。
川面に張り出すそこに腰掛け、ぼんやりと歌いながら、傘を回す]
もーちょっと、かな。
……あと、少し。
[呟く目が見つめるのは、増水して色の沈んだ水の流れ]
[渡されたぬるめの茶を一口二口飲みながら。婆っばん、と誰かに話しかけるようなヌイの声を聞く。頭を過ぎったのはボタンの姿。それにも表情へ驚きを滲ませたが、続く「やりとり」には一層困惑と――少しの緊張を浮かべてヌイの様子を見届けた]
……
お社の……、!?
[突然強い口調と共に引き寄せられれば、刹那、目を見開き]
……ヌイさん。……そこに、ボタンさんがいるんですが?
何かが……いるんですが?
[呟くように。持たされた傘を握り締め]
あ……僕は、大丈夫です。歩けます。……
[背負われれば慌てたようにそう言った。無理に降りようともしなかったが]
…うん。
歩く じゃ 急がれん、セイジ。 川、連れてく。
[だ、とそのまま河原のほうへ――
下り船の船着き場を目指し、男は駆け出す。]
タカハルを取られっとじゃ 無かぞ。 …ぜったい
[後に残るは、置き去りにされた自転車。
緩んでいた荷台の紐がほどけて――トランクふたつが、落ちる。
弾みで開いた蓋から、わんわんと雨空へ飛び立つ熊ン蜂。
あかい蜂たちはアンに、
しろい蜂たちはネギヤに、
みどりの蜂たちはキクコに、
きいろい蜂たちはボタンに、
むらさきの蜂たちはギンスイに――――
あおい蜂たちはンガムラと共にある存在へ、柔く懐いて。
涙雨の空に、縒りあわせるには、たりない虹を*かける*]
[川面から、右手に下げたてるてるに、視線を移す。
半泣き顔のてるてる坊主]
やっぱ、あと、一人、誰か。
送んないと、『堰』を越える水は、でねーかぁ。
[呟いて、表情のない目で周囲を見回す]
……さって、どーしよっか、な?
有難う、御座います。
[礼を言い、ヌイの肩を左手でしっかりと掴む。傘を持った右手は添えるように。揺れ流れていく景色。タカハルの名前に、頷き]
……絶対に。
[強く、そう言った]
――わあ……。
[指さされた虹色の蜂を見て、感嘆の声をこぼす。それらが...の目には映らない存在を示す様子を眺め]
……はい。……わかります。
[眉を下げてから、微かに、笑んだ]
……ジャマすんな、って言ってんのに。
[呟きの直後に一瞬浮かぶのは、苦笑い。
けれど、それはすぐに消えうせる]
『解放を阻む者には、容赦はしない』。
[零れる声は、少年のそれとは異なるもの]
―裏山―
ホズミちゃん帰ってきて残念でしたね。
[社の前の人影に声をかける。
冗談に怪訝な顔をした月下は、ボタンのことをぽつりと零した]
煮物が固い?
俺も思いましたよ。
[賽銭箱へ105円を投げ入れて、手を合わせる。
願い事は口には出さない]
[川原の手間で降ろされれば、きっと前を睨むようにして歩き出した。探すタカハルの姿は、すぐに認められ]
……タカハル君。
タカハル君と一緒にいる、誰か……
もう、誰も消さないで。
[身構えながらも、ぶれない調子で言う]
……“好きには、させん”
[解放を望む者に応えるような。
ふと、低く漏れた声は、...とは違ったものだったか]
……やーだなぁ、ヌイっち。
そんなん持って、どーすんのさぁ?
[櫂を拾い上げるヌイの様子に、軽い声を上げる。
いつもと変わらぬ、少年の声]
……ジャマ。しないでほしーんだけど。
[続く言葉は、少し冷えた響きを帯びていた]
五穀豊穣を担う神様は多そうですけど、その一歩前として、『いい天気』だけ担当の神様って珍しいんじゃないですかねー。
[軽トラへと戻る途中、枯れた花が視界に入ると、酸性雨という言葉が脳裏に浮かんだ。
家まで送ると月下に声をかけてみたが、やんわり断られ一人、村の道を走りだす]
そー言われても、さ。
ここまで来て、「んじゃやめるー」ってのは、言えねーよ?
[セイジに返す言葉は淡々と。
続いた低い声。
ふ、と表情が失せる]
『『堰』は間もなく飲まれる。
……邪魔は、させぬ』。
[応ずる声は、氷の冷たさを帯びていた]
[車から川へ移動する途中、羽音に振り向いたが、すぐにまた川辺へと視線を戻した]
よう。
何してんだ?
[ぴりぴりした空気に気付いていないような口調]
上るか、下るか 知らんどん。
[連日の雨で増水した、川。
櫂を拾った移民の男は、師匠さえも舟を出さないその川へ
――がこん、引っくり返していた高瀬舟の舳先を向けた。]
堰、 越える みちが ひとつだけ ち
思い違いしとる 阿呆は 見ちゃおられんが。
[自分の口から出た声に、戸惑ったような表情をしたが、すぐにはっとして]
……それでも、駄目だよ。
たとえ、どんな理由があるにしても……
人を消すなんて、駄目だ。
人を、悲しませるなんて……
[きり、と鋭く目を開く。強い光の宿った双眸]
“「空」を侵す者を――
主らを、見逃してはおけん。
誤りし者め――”
川くだりの前に、自分とこの蜂はちゃんと手懐けとけよ。
[蜂を見ないまま軽く指差してヌイへと向ける]
タカハルは、こういうの好きか?
[取り出したのは、てるてる坊主ひとつ]
“ネギヤ 廃屋”って書いてあるんだけど、何これこの村独自の流行?
……なこと、言ったって。
[悲しませる、という言葉。
ぎ、と唇を噛んだ]
オレ、そんなん、わかんねぇもん。
[正確には『忘れたつもり』。
そうしないと──耐えられなかったから。
誰もいない家とか、話もろくにしない父親とか、そういう冷たさに]
『何をして正と、何をして誤と成すか。
我は、我の在り方のままにゆくのみ……!』
タカハル君……
[名前を呼び、悲しそうな、苦しそうな表情をする。その声と表情は...のもので]
“愚かな。
暗夜に落ち、道理も見失ったか。
その錯誤、正してくれようぞ”
[強い声と表情は...に降りる「何か」のもの。入り混じり、混ざり合い、ただ、どちらも終わりを求む]
流行に敏感じゃねーと、この仕事やってけないんだぞ、っと。
[羽織のポケットからペン状のものを取り出して、逆さてるてる坊主に点を二つを描く。右目と左目]
キティーちゃんに口がない理由しってっか?
[一拍置いてから「教えてやんない」と笑い、てるてる坊主を投げた。タカハルへと弧を描く、それ]
トレードしようぜ。もう一回。
……ジャマ、すんな、セイちゃん。
オレは……オレは、ただ。
[低い声で、ぽつりという。
傘を握る左手に、力がこもった]
『望みのままに在るを愚かと言うか。
そは、生命の所以。
我は、ただ、『我ら』が望むままに……!』
[それよりも、更に低い声は少年の心の奥に棲みついたナニかのもの。
歪んだ共生の果て、互いに互いを侵蝕したそれらが望むのは、現状からの解放のみ]
……タカハル君の邪魔、なんて。
本当は、したくないよ。
でも……
“望むは、自由なれど――
理を侵すは許されざる事”
[男のようでも女のようでも、老人のようでも子供のようでもある声。一歩、タカハルの方に踏み出す。も、ンガムラの言葉に其方を見やり、様子を窺った]
[手に取った逆さてるてるを一度、見て]
……なに、ガム兄が勝ったら、みんなを『還せ』とか、そーゆーの?
……その手には、のんないよ……!
還せなんて言わねーよ。
俺、エスパーとか超常現象とかオバケとか信じてないし。
でもまぁ、タカハルがやったというのなら、良識ある大人としては放っておくわけにはいかないわけで。
[雨に流されて目にかかった前髪をかきあげてから、俯く]
雨も滴るいい男ってのは、いい女いるとこじゃないと意味ないよな。
濡れ損だ。全く。
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