[「知らないおじさんからものを貰ってはいけません」。
そんな注意文なら自分がこの子くらいの歳だった時によく聞いた。
「知らない女の子からものを貰ってはいけません」
――とは一度も聞いたことがなかったが、
どちらにしろ要点は“知らない人から何かを貰うな”だから同じことだ。
そんなとりとめないことを考えてしまうくらい、
彼女にとっての知らない相手であるこの子が何故飴玉を?]
(もしかして……私と同じ?
私のことを仲間だと思って……)
[ならばお近づきのしるしとしてこの子にも何か渡さねば]
(お金? 10円玉渡しちゃう?
いやいやいや……)
[とっさに浮かんだ案をすぐに却下する。
しかしすぐに渡せそうなものがそれくらいしかないのも事実]
[男には妹がいる。
少し年の離れた彼女はまだ学生で
電車に揺られながら男は、
妹の生まれたときを思い出していた。
手が紅葉よりもちいさくて。
身体全体がふにゃっとしていて。
別の生き物みたいだった。
男は新しく現れた存在に、
恐怖し、嫉妬し、不安になった。
そんなことを思い出す。]
[車内にいる少女達を見ると、
余計に不快な思いが想起されて苛立ってきた。
彼女らが悪いわけではない。
それは分かっている。
だが、安心が欲しかった。
当たり前のように現れた妹を見た、
あのときのような不安が全身を覆っていた。
だから女性のいる進行方向を見まいとする。
せめて人を見ようと男子学生の方を見たが、
その近くにいる小さな少女が目に入り
男は誰もいない方へと視線を処理した。]
[家族らしき乗客は、この車両にはいない。
それがまだしも有難かった。
もしはしゃぐ子供の声や、優しい母親の声や、
余裕ぶった父親の声なんかを聞いてしまったら
男は嘔吐でもしていたかもしれない。
若い乗客しかいないことを、改めて認識する。]
[ここにいる乗客達にも家族がいて、
兄弟や両親との軋轢や安らぎがあったりして、
そんなことを男はぼんやりと思う。
会社員らしき男にも妻子がいたり、
おっさんとしか見えないあの人物にもパートナーが、
はたまた難しい年頃の学生達にも。
そこまで考えて、違和感に気付く。
あの一番幼い少女は、どうしたのだろう。]
(ありがとう、お仲間さん)
[ちゃんとした(?)お礼の言葉はひとまず胸中にとどめて―――
それとは別に胸中にはさっきから、
少女を見てどこか懐かしいと思う気持ちがあった。
こんな時間に、親と離れて、電車に乗っている少女という光景。
その、実例が。身近にいたせいか]
[ああ今日も朝起きられなかった。
朝ごはんを食べられなかった。
電車に乗り遅れた。
学校に間に合わなかった。
授業に出られなかった。
全部、夢。
そんな不真面目な自分は、全部夢]
[頭を文字通り抱えながら、厄介なものに眼をつけられたな、と思考する
何処に眼をつけたんだと聞いてみたくもなったが、会話をすると余計に気力を消耗するように思えて憚られた
名刺で確認した街はそれほど遠くもない。あと少しで降りるなら特に強く拒否しようともしない
もう一つの気がかりは女学生の反応だ
あの頃の年代なら暫くはクラス内での話題の種にされてしまうだろう。そんな懸念を頭の中で混ぜ返しながら、あらためて訂正したものか、と思考を巡らせる]
(おかしな子だって思われちゃったよね……きっと)
[しゅん、とナオは肩をすくませた。
文庫本から顔を上げて、「お色気さん」を見遣り]
(主に、あなたのせいですから……!)
[拗ねたような視線を送った。伝われ。この思い。
もちろん、挑発に乗ったナオが悪いのだが]
[鞄にウサギ。
携帯にクマ。
さしたる接点ではないが、勝手に共感を覚えた。
趣味でつけてるのかどうなのか
それすらも窺い知れないが。
趣味だと良い。そしてベアーズにも手を出せばいい。
少しだけ可愛らしすぎるクマたちをぶら下げるのは、
年頃の男子学生にはちょっとだけ、きびしいものもあるのだ。]
[例えばコラボレーションベアーズがその一例だ。
日曜日朝の可愛らしいアニメ。
魔法使いの女の子
――だったか、小学生女子に人気の一品。
クマを集めると決めたその日から
分け隔てなく購入してきたが、
……購入してはいるけれど。
今現在魔法少女ベアーは、
折り重なるクマたちの奥の奥になるよう
工夫を凝らして携帯にぶら下げられている。]