(これは、いわゆる)
[文字と畳まれ方の丁寧さから電車内で準備したものでは無いだろう。
恐らく、女学生は今まで好機を伺っていたのだ。これを渡す為に
そうすると、ポルテとやりとりを行った際の視線にも合点がいく]
[年上が魅力的に見える時期というものはあるものだ。眼の前の女学生も恐らくそういった多感な年頃なのだろう。
ズイハラ自身が学生のころ、女性教師に恋をしたように
だが一般的に、年齢差の恋愛は成り立ちにくい。大抵は一時の激情で終わるか、相手にやんわりと諭されてそれで終わりだ
ズイハラ自身の恋は後者の理由によりあっけなく幕を閉じた]
(どうなるか、な)
[だが、道はその限りではない]
(迷惑、だったかもしれないよね)
[ナオは嬉しさ反面、不安に潰されそうだった。
「イケメンさん」は言葉を発さず、その表情からは感情を読み取ることができない]
(ど、どうしよ)
[今更ながら、狭い車内。逃げ場はない。
あわあわと、心の中で慌てふためいていると]
[降りたくない、ただその一心。
表情の変化も、煙草の箱もそれ故に。
一本で良いから煙草を吸いたかった。
なければ酒でも良い。
しかし喫煙室などなくて、車内販売も来ない。
――既にここは田舎だ。
思い至って、身体をこわばらせる。
もう日常から逃げられないのだ。
そこまで来てしまっていたのだ。]
[異界に足を一歩、踏み入れてしまった感覚。
全身に寒気が走る。
ちらりと見た携帯電話は圏外だった。
時計だけが表示されて、入っているかと思われた
電話もメールも届いていない。
最初からあてにされていないのかもしれない。
確かに自分は、いい夫ではなかった。
いい父親にも、なれそうになかった。]
[顔を上げたら、もう現実が迫っていると感じて。
軽い足音は妹を思い出させた。
家出した駅前での顔。
小さい頃、男について回った嬉しそうな顔。
……母の出産の記憶。
足音は、聞こえなくなる。
男のすぐ近くで。]
[妹が家出したとき、
俺は妹が「俺の妹」っていう従属物じゃなくて、
「妹」っていう確固とした存在なんだって分かった。
そんなことを思い出した。
この少女にも何らかの事情があって、
俺に飴を渡す思いだとか背景だとかがあって、
ひとりの人間として、こっちに来たんだろう。
思いながら、少女を見る。]
[ゆっくりと瞬いて、ただ待っていた。
自分の顔付きが子供には恐ろしいかもしれない、
そんなことはとっくの昔から分かっている。
ただ数秒しか待っていないはずなのに、
何年もそうしているような錯覚を覚える。
妹を叱りつけたとき、返事を待つのとは違って
男は怒っているわけではなかった。
また、言い分を聞こうとしているのでもなかった。]
[少女は身体にそぐわぬ大きさのリュックサックを持っている、
男はそう見ていた。
だから少女の事情を想像も、いくらかはできた。
しかし、男に説得または説教などする予定はない。
自分には関係ないという、男本来の突き放しもある。
それどころではないのだという、男の事情もある。
それよりも、この電車に乗って一山越える体験をすることが、
長い目で見れば少女にも必要なのだろう、
それくらいの理解を示す気分になったのだ。
ふっと、小さく笑う。
表情は隠しきれるものではなく、皮肉げに見えたかもしれない。]
[真面目路線を走る姉と、
いつしか姉の後ろをついていかずにはぐれてしまった妹と。
ふたりの緩衝材のような役割を果たしていた兄が、
短大生になって家を離れてからというもの、
彼女達の距離は縮まらない一方だ。
なんでもないような顔をしながらすれ違う、挨拶を交わす、そして離れる。
それを日常の一部としながらも、彼女は変わるきっかけを欲しがってはいた。
世界は音に満ちている。
だが、欲しいものはなかなか、見つからない]
[時々――そう、本当に、時々だけれど。
思うことはある。
欲しいものは見つからないのではなく、
満ち溢れる音に浸かっている間に、見失ってしまっているのではないか――と]
[あの時見た少女はなんだか窮屈そうだったから、
きっと、どのような見かけ方をしても、
親近感を感じただろうとは今になって思う。
とかくに人の世は住みにくい――という一節は知らなくとも、
似たようなことなら思ったことはいくらでもある]
(……やっぱり、似てないや)
[少女と、かつての妹。
やっていることは似ているが様子が違う。
懐かしき記憶の中の妹は窮屈そうな様子などしておらず、奔放そのものだった。
一人で遠くへ行ってみたかった、ただそれだけの理由で、
こんな時間から電車に乗り込んだ。
どうして、大人になるまでを待てなかったのだろう――でも、
迎えた妹の姿がまぶしくて目を細めた、そんな、記憶]
(眼鏡を外した顔の方が好みかも―――…)
[そう思考しながら少年を見るハツネの顔は、
相手にとっては意味ありげな微笑に見えることだろう]
[誰かの落し物かな。
そんなわけない。だってほら、こんなしっかりついている。兎と並んで
この、うさぎ。お守りだって
熊もそうかな。お守り、かな]
[野球も、サッカーも遊ぶだけなら十分だった。
なによりかにより、心砕いてきたのは弓道で、
結果を出してきているのもその部活だ。
『悪いが、大学には行かせられん』
実家の裏に作られた練習場に立った時、
隣で祖父が言った。
『うん、……わかってるよ』
工場、継がなきゃね。
引換のように与えられたその場所は、川に面していて
川を越えて走る電車の窓からも窺えた。]
[今日は野球をするのです。
多分、進学を選ぶだろう友人と。
今日は置き去りにしたけれど、
いつか置き去りにされる友人と思いっきり遊ぶんです。
これぞ青春。
アイスも喰う。]