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― 某ファミレス店内 ―
[気がつけば結構な時間が経っていたようで、目の前のコーヒーもすっかり冷めている]
はあー
[長いためいき]
いい加減諦めるか。
[目の前にはノートパソコンと一冊の本。資料を元に手直ししようとした原稿は、一行も弄れぬままだ]
ん?
[パソコンを畳み、レシートを手に立ち上がろうとした時、すぐ脇をなにやら白いものがぴょんと跳ね......た?]
疲れ目かな?
[書き物用の眼鏡を外しごしごしと目を擦った*]
[なおもかっこいいブーツとにらめっこを続けていると、]
「……ふふっ」
[さんざめくような笑い声が、
耳を、かすめていった、気がした。
振り返ってきょろきょろすれば、
行き交う人々が作り出す波の間に、
揺れる、白くて長い、何かが――]
…… ウサギ?
[ついついそんなことを呟いたのは、
それがウサギの耳に見えたからだった。
いくらこの時期で何かとイベントごとも多いからって、
バニーガールが出張るようなイベントは、
この辺ではまずやらないはず、だけれど……]
……!
[考え込んでいる間にふっとそれは消えていた。
人波に流されてしまったんだ。たぶん。きっと]
[他方、ブーツは消えることなく、
かっこよさを振りまいている。
ブーツは変わらないのに、それを見つめる沙夜の目線は険しく、
胸中にはざらっとしたものがよぎる。
さっきの、さんざめくような笑い声が、
忘れようにも忘れられない人の笑い声と重なって]
……もう。うん。
[なんだか見返したくなってきて、
沙夜はブーツを手に取った**]
[たんたん、 たんたん。
秒針が進むよりもずっと速く、
今にも降り出しそうな空の下、駆け抜ける。
あいにく傘は思い出ごとどこかにやってしまったから、
降られてしまえば身を守る術はない。
紙袋の中のかっこいいブーツだって守れない。
急ぎ足。
けれどその足取りはほんの少しだけ、
たからものを見つけたちいさなこどものように、弾んで――**]
― ショッピングモール前 ―
……んぅ?
[妙な声とともに振り返った。
つい今しがたすれ違った少女を見た――ように、周囲には見えたかもしれない。
ただ実際には、目線はもっと下に向けられていた]
むー……?
[瞬き二つの後、訝しがるようなしかめっ面。しかし抱いた疑問は言葉にはならない。
なんせ今その口は忙しい――ついさっき購入した、紙袋一杯の焼き芋を懸命に頬張っている最中なので**]
-喫茶店-
あー…、やっぱりそうですか。
ならいいです、縋るつもりはありませんから。
[営業担当に笑う。
神妙そうな、申し訳なさそうな態度。
でも、知ってる。
これできっと、この会社も私に仕事を紹介してくれなくなるんだろう。]
───…また、また別の仕事があったら、教えて下さい。
[そう言うしかない。
頑張って努力したら報われるとか。
誰かが見ているとか、夢物語。]
……かっているのにな…
[ここは持つという担当に伝票を預けて店の外。
込み上げてくるものが零れないよう顔をあげれば、視界に映る冬の灰。
泣きだしそうなそれとは対照的にあちこちで流れている楽しげなシーズンソング。]
ばーか。
[残した言葉は白い息。
通りの人混みを掻きわけ進む。
歩いて、ただ歩いて。
見つけたオフィスビルの隙間。
誰も気にも留めないだろうそこに忍び込む。]
ばーかっ、
つぶれてしまえーーーーっ!!!
[賑やかな音楽に紛れ、辺りに木霊する大声。
それは、自分でも。
どこから出しているのか判らない*くらいの*]
─ ペットショップ前 ─
[緩やかな足取りはある店の前で止まる]
…………
[ショーウィンドウ越しに見詰めるのは、真白のネザーランド・ドワーフ。
まだ幼い仔である白ウサギは男を見返した後、後足で耳の後ろを掻いた]
……やっぱり、あれは……
[疑問からの推測は思考の中でのみ続けられる。
推測が立ったとは言え、抱く疑問は解消されるどころか増えるばかり。
ショーウィンドウに白い曇りを作りながら思考を続けていると、店の入口がカランと開いた。
「オーナー何してるんですか」と声がかかる]
…なんでもない。
[緩い動作で声をかけてきた店員へと向き直り、男はゆっくりと首を横に振った。
そしてそのまま店の中へと入っていく。
ここは男が経営するペットショップ『EdesP』。
小動物を主に取り扱っているこじんまりとした店だ]
………
[店内に入るなり、男は深く息を吐く。
外とは異なり、温もりのある空気。
ようやく身体を暖められそうだった。
スタッフルームへと入ると店員がコーヒーを淹れてくれる。
差し出されたそれを、男は何も入れずに口へと運んだ]
[殆ど口をつけなかったコーヒー一杯分の代金を払ってファミレスを出る]
うー、さぶっ!
[途端、吹き付けた風に身を竦めた。秋口からずっと着ているジャケット一枚では相当辛い]
コートくらい着て来りゃ良かった。
[5年前に新人賞の賞金で買ったコートは、今ではだいぶ流行遅れだが、それでも無いよりマシだったのに、と後悔する]
[ノートパソコンと資料の入った鞄を小脇に抱え、ズボンのポケットに両手を突っ込んで、背を丸めて歩き出す]
[しかし帰り着いてもやっぱり寒いだけのワンルームマンションに、まっすぐ足は向かなかった*]
[白いあれはなんだったんだ。
ていうか、幻覚とか見ちゃったのか。
そんな事を悩んだのは短い時間。
気を取り直して相棒を構え、爪弾くのは雪イメージの曲]
……これも、歌詞書かねえとなー。
[サビの部分が上手く行かなくて未だに歌無しの曲はそれでも自分的にはお気に入り]
…はぁ、はぁ。
[自分の声にびっくりした。
幸い、誰にも気付かれなかったのか、気付いていても気付かぬフリなのか。
こちらを覗き見る者はなく、何食わぬ顔で通りに戻ろうとして。]
───…君、どこから来たの?
[足元、こちらを見上げる白兎に声を掛けた。]
あ、あれ?
[居ない。
瞬きした覚えもないのに、ついさっき目があったような気がした小動物が。]
……幻覚、病院に行ったら診断書くれるかな。
[つい、傷病手当金を貰えないかとか考えてしまうのは仕方がない。
無収入になることが確定したばかりなのだから。 ]
─ ペットショップ ─
当日は、……あぁ、飾りつけは十分。
シフトは、
…構わない、私が入る。
[客が居ない間に店員と軽く打ち合わせ。
イベントシーズンであるためか、店員は休みが欲しいと言ってきた。
男としては居てくれた方がありがたいが、居なければいけないほど忙しい、と言うわけでもないため、店員の願いには是を示す]
今日明日は頼む。
[それだけを告げると、男は店の帳簿を手に取った。
店員は入店の音を聞きつけ対応に回る。
店内から仔犬の甲高い鳴き声が聞こえて来た]
…………、
[男はペン先で帳簿の数字をなぞり、小さく息を吐く。
経営状態は良いとは言えない。
生き物を扱う以上、何かとコストがかかるのが現状だ。
最近はやり繰りに頭を悩ませることも多くなった]
…追加は厳しいな…
[今いる仔達が今のうちに売れてくれるなら良い。
だが成長するまで残ってしまうと大きな赤字になる。
ペットショップはなかなかシビアな業界なのだ]
…………
[ペンを指に挟んだまま、人差し指を曲げて顎へと当てる。
男が思案する時の癖。
その体勢のまま何十分も考え込むのはざらだった]
[思い切りぶつかった煽りで、抱えていた鞄が吹っ飛ぶ勢いで路面に落ちる]
わああああっ!!
[ガシャン、と、パソコンの破壊音としか思えぬ音がして、思わず悲鳴が上がった]
す、すみませ……
[俯き加減に謝罪して、普段ならそのままその場を立ち去る所、今回は違った。]
───っ!!!
[絶対大丈夫では無さ気な物が落ちた音。
拾ってどうにかなるものでもないのに慌てて拾おうとして、今度は自分の鞄の中身をバラバラと零してしまう。]
あ、ああ、あの……
[聞こえた悲鳴につい反応するが、言葉が続かない。]
それより怪我無いですか?
[尋ねながら、屈んで、足元に落ちていた財布らしいものを拾い上げた]
すみません、俺、全然前見てなくて。
[財布を差し出しながら、軽く頭を下げる、他のものも拾っていいのかは少し躊躇った。
見知らぬ男に鞄の中身を触られるのを彼女が嫌がりはしないか、とか、余計なところに気を回してしまうのは、昔からの癖だ]
―宝くじ売り場―
当たりますように。
[連番で30枚ほど購入していったお客様の背中を、両手を合わせて見送る。
顔を上げて遠くをぼんやり見ていると、何やら二人の男女が激突した]
[何曲目かを弾き終えて。
今度は少し、『お気持ち』もあったけど、そろそろいろんな意味で限界が近い]
……いっぺん撤収して、メシ喰いに行くか。
バイト間に会わなくなるとやべーし。
[呟いて立ち上がり、立ち止まってくれた人たちにご挨拶。
お気持ちは、唐草模様の巾着に入れて、相棒をケースへ仕舞いこんだりなんだり、場の御片付け]
さーてと。
なーに、食べるかなぁ。
[相棒担いで立ち上がりながら呟く。
と言っても、懐具合的には限られる、限られまくる。
コンビニでカップラーメンかなあ、なんて考えて。
いつもの事とはいえ、びみょーな寂しさには、とため息が出た]
………
[自分の荷物を鞄に仕舞いながら、相手の反応を待つ。
鞄を拾い上げる勢いから、心中穏やかじゃないのだろうことは流石に想像出来て、罵声を浴びせられることも覚悟した。]
──…、…っ
[目が合って、発せられる声に息を呑んで。]
[ぶつかった男女のその後は、人ごみの向こうに見え隠れして詳細不明。
その代わりに目に飛び込んできたのは、兎にしか見えない何か]
あんな跳び方だったっけ?
[売り場の中から見える景色は限られていて、瞬きする間に、それは消えた]
[仕事帰りに立ち止まった、ペットショップの前]
兎……
[飛び跳ねる様を見ようと近づきすぎて、ガラスが曇る。
コートの袖で拭き清めて距離を取った]
[本当に?と確認されて、苦笑が浮かんだ]
いいんです。もともと、あまり大事にもしてなかった。
[言ってから、僅かに胸が痛んだけれど、それは彼女には関係ない事だ]
それより、そっちの方が。
[また屈んで、落ちていた定期入れを拾う]
無くなったものとか、あったりしません?
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