[人目につかぬ時間に、裏口のゴミ箱に空き瓶を放りいれるのが、男の数少ない不定期的習慣だ]
ひとつひとよの生き血をすすりぃ〜♪
[アパートに響く大時計の音に合わせて、階段を一段一段降りていく]
はっ。
[乾いた笑いを残し、男の足は何かに導かれるように進む。
心なしか、体が軽い]
あ?
[たぷん、という音を聴いた。
手元の瓶が液体で満ちている]
こういう焼きの回り方なら歓迎だ。
[くくく、と喉を鳴らし、元来た道を振り返る]
[あったはずの扉も、アパートの影も、見当たらなかった]
そりゃ悪かったな。
[笑い出しそうになるのをこらえて、にやけ顔と真顔を行ったり来たり]
花なんかそこらじゅう咲いてんじゃねぇの?
[抱えている酒瓶を視線で示して]
オレは、花見だよ花見。
おまえも飲むか?
[しゃがみこむと同じように声を低くした]
[持っていた中の一つの口を開く。液体が満ちている。
口をつけると、やはりそれは酒で]
待て。
未成年の飲酒は法律で禁止されており、飲ませた大人がろくでなしと言われるのが世の常だ。
[男は、自分と少女の間の地面に一つ、瓶を置く]
自主的に摂取したもんは知らねぇよ。
花なんか、すぐ枯れるのにな。
[一瞬目を細め、酒を煽った]
[瓶を傍らに投げ置いて寝転んだ。
茎が折れる音が、男の心をにわかに浮き立たせる]
なぁ、知ってるか?
酒は、明日を忘れさせちゃくれない。
[秘密の話をするような小声で言って、男は自嘲した。
閉じた瞼に、雫が落ちた*気がした*]
[むくっと起き上がり、声の主をマジマジと見遣る]
んな慌ててどうした?
美人が台なしだな。
[にやついた笑みを隠そうともせず、地べたにあぐらをかいて女を見上げた]
美しいまま潰れた。
[詩をそらんじるように平坦に言った。
緊張感のかけらもなく、あふ、とあくびを噛み殺して]
あんたの庭だったのか?
[酒を口にしようとして目についた、少女の置いていった瓶を手に取り蓋を外す。
親指で縁をなぞると、きゅーっという細い音が鳴った]
いい声だ。
[二三度振るい、水音に耳をすまして蓋を締めた]
ヤトイヌシ?
[いつの間にか何やら作業を始めていた女に顔を向ける]
[首筋に水滴が落ちた気がして無意識に拭う。
しかし、乾いていた]
オレが雇われてる?
庭師が花踏み荒らしてたら笑い話だな。
[刺と言われたことには首を振る]
大丈夫だ。
[散らばっていた数本の瓶を抱え込んで立ち上がって]
悪かった。
[独り言のように呟いた]
……オレは何してんだ?
[く、と口角が上がる。
声を出して笑いながら]
必要なのは酒だ。
[ふらりと*甘い香りから逃げ出した*]
たりねぇ。
[小瓶を逆さにし、その下で口を開ける。
一滴も零れない。瓶を投げやってため息を吐く]
あー……。
[意思なく震える手を見下ろし、背後の樫の木に身体を預けた。
地面に身体が沈み込みそうだった]
クソったれが。
[男は顔をくしゃりとしかめた]
[風向きが変わり、甘ったるい芳香が纏わり付く]
酒はまだか。
[頭の中で地図を思い描く。
庭園は果てしない]
どこだよここ。