[はちりと大きな目を瞬かせ、お行儀よく揃えた両の手のぎゅっと握って、それから、ほんのちょっと、緊張を隠せない唇をむにむに動かしながら、椅子に深く座っていました。
ルリはようく判っていたのです。
ルリくらいの年の女の子が、こんな時間に、一人で電車に乗っているなんておかしいのだと。ですから。ルリは決して油断をせず、お行儀よく、あるいは少しおすましして。そうして大きなリュックサック――おばあちゃんがルリの御誕生祝に買ってくれた、赤いリュックサックです。片側には『ルリ』と、ルリが自分で書いたネームプレートがぶら下がっています――を真横において、静かに座っておりました。]
[ふしょん。ふしゅう。続けざまの音にルリは顔をむけました。2つ、結んだ髪を飾ったリボンがゆらゆら揺れます。そしてすぐに、さっきの倍は速いスピードでリボンは揺れました。ルリが慌てて顔を戻したからです。
なんでルリは、慌ててしまったのでしょうか。]
[それは、ルリが目を向けた先にいた人が、なぜだか怒っているように見えたからです。小さなルリが知ってる『コワい人』の中に入るみたいに、怒っているように見えたからです。ルリは怖いものは苦手でした。
ぎぎぎっと機械仕掛けのように、背筋真っ直ぐ視線真っ直ぐ、ルリは正面を向いてその人の方を見ないようにしました。けれど、不思議なことです。見ないようにとルリが気を付ければ気を付けるほど、ルリの目はそちらへ向かっていくようでした。]
[お兄さんのような人がとても暑そうにしているのも目に入りますし、
眠たいのでしょうか、瞼が落ちかけている人だって、ルリの目には映ってきました。
けれど視界の端に、さっき見た機嫌の悪そうな人が入る度に。ルリの黒い眼は急いで反対側に向かうのです。ルリの目は勝手にシャトルランでもしてるようでした。クラスで一番の成績が取れるくらいの、素晴らしい動きです。]
[ルリの黒い目が何往復かする間、この列車に乗っている他のお客さんのこともだんだんと見えてきました。似たような服を着たお姉さんお兄さんたち。ルリより何歳も年上なのでしょう。学校から帰っているのでしょう。鞄の上に顔を伏せているお兄さんだっていました。
本当ならルリも、今日は学校へ行く日でした。今日の給食は、確か、デザートに星形の寒天が入ったゼリーがあったはずです。それを思うとルリは余計にどぎまぎして、お腹がきゅうとしまっていくようで、握った手を少し強くしました。かわいそうなルリのゼリー、きっと食いしん坊のユウタくんに食べられてしまいます。]
[一度どぎまぎすると何故だか変に悲しくなります。
ですから、ルリの目はだんだん下がってしまって、誰かが気遣わしげに送ってくれた視線も受け止めることは出来ませんでした。
けれどそんな悲しい気分も長くは続きませんでした。
一人、とびきり不思議な人が乗り込んできたからです。その人がどんなふうに不思議かというと、一人きりのはずなのに何やら歌を歌っているのです。そうして――お友達なのでしょうか、ルリには分からないことですが、本を読んでた男の人に果物を差し出したのです。ぱちくり。悲しい気分もどこかへ飛んでいってしまいました。]