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〔ひとぉつ、ふたぁつ、みぃっつ、よぉっつ。
―― … ゆるり、柔らかく、静かに瞬く瞳。〕
はぁ…
〔両手は口許を覆っている。
漏れる吐息は其れを暖める為の暖。〕
〔口許から離れ、手は鞄へ。
暫し探るような間の後に、握られた小さな紙。〕
……。
〔見つめては、貼り付けようとコルクボードへ伸びる。〕
ここで良いかな。
〔貼り付けたのは、隅の方。
アンの名と簡単な紹介文が書かれているが。〕
あ。
〔いくつかの間違いに気付き、再び手は鞄へ〕
〔取り出したるは、消しゴムとシャーペン。
新品の消しゴムはピカピカのケースを纏い、
眩い程の光沢を放っている。
片や、シャーペンはというと年季物。
ノック部分がハート型のお気に入りだが、
時折、うまくノックが出来ない代物だった。〕
さとう、っと
〔どう頑張っても、其れを"ささはら"とは読まない。〕
なんだろ、疲れてるのかなぁ
〔こつ、とシャーペンのハートで額を突いて。
呟く声は静かな夜の空気へ吸われて行く〕
〔見回した先。恰幅の良い人影が、
此方へ向かい駆け寄るのが見える。〕
あ。
〔やがて着くその人が管理人だとは
露程も思っていない。
ひぃふぅ、と呼吸の荒い彼へ冷えた視線を投げ〕
あの。
汗凄いですけど、大丈夫ですか。
〔言葉からも冷気が漂うな音を、漏らす〕
〔其れでも笑顔と共に説明を開始する管理人。
一方、其れを何処か汚い物を見る様に。
一歩退いては、こく、こく、とゆっくり頷くアン。
寒い中わざわざ駆けて来た彼に、
ポケットの中のハンカチを差し出す事も無い。〕
そう、ですか。
〔村の説明、そして家屋の事。
食事や入浴について等、一通り受けると〕
あの、それ。
〔す、と側の手持ちランプを指差した。〕
〔指差し黙りこむ杏奈に対し。
管理人は指先を追い、手持ちランプを見ると
仏の様な笑顔でどうぞ、と持つ事を薦める。〕
……どうも。
〔杏奈は無愛想に、一言だけ礼を言うと、
手持ちランプを取って興味深げに覗きこんだ。〕
〔一方の管理人はコルクボードと睨めっこ。
用紙を記入した主と思しき相手に確認の声を投げ、〕
……ええ、佐藤です。
佐藤、杏奈。
〔ランプから管理人へ視線を移す杏奈が返答。
笑顔で頷く管理人は、
杏奈の書いた用紙の内容を
手の甲で汗を拭いつつ、
利用者名簿へ書き写している。〕
〔管理人の手が帳簿の上を滑る間。
杏奈はランプを弄っては、びくりと身体を震わせた。
点くと思わないタイミングでの点灯だったからだ。〕
……。
〔む、と眉を顰め不機嫌そうに灯りを消した。
そのタイミングで管理人から鍵を渡される。
割り当てられる家屋の説明を受け、〕
……どうも。
〔変わらぬ、無愛想な礼を返す〕
それじゃあ…
〔事が済むやいなや、歩き出す杏奈。
外へ向かおうとする背に管理人の声が掛かる。〕
……
〔言葉無く、首だけをくるりと向けて〕
いえ。今は空腹を感じて居ませんので、結構です。
〔何処か攻撃的に聴こえる言葉を残し、
割り当てられた家屋の方面へ歩き出す。
かちりと灯った手持ちランプの灯りを頼りに――*〕
―雪道―
〔吐く息は白。立ち昇る煙の様に
杏奈を包んでは闇に吸われていく。
きっと残るものは彼女の足跡、だけ。〕
……。
〔当の彼女はというと、不機嫌な色を隠さない。
管理棟から離れ、5分。
ふと立ち止まると手持ちランプを空いた手で覆う。〕
なにこれ、ふざけてる。ホントに真っ暗じゃない。
〔感情を凝縮した言の葉をようやく一枚、ぽつり〕
〔覆った手は、手持ちランプの灯りを消した。
直後、慣れない闇が杏奈を飲み込むが。〕
―――。
〔立ち尽くし、前方を凝視する事、3分。〕
…やっぱり。
〔納得した様に呟いたのは思惑通りだったから。
手持ちランプの灯り以外に無い雪道は、
かえって灯りの無い方が視界がはっきりする。〕
〔地を覆う、幻想的な白。
其れは進む道に敷き詰められ、続いている。
まるで杏奈という姫を迎える為に敷かれた、
"居城"までの絨毯の様だ。〕
……ふふ。
〔文学部の部長は、表出している性格と反し。
内面はそんな夢見がち少女。
自分だけの絨毯を踏みしめ、我が物顔に胸を張る。〕
灯りが足りなくてよ、セバスチャン。
もっと足元を照らして頂戴。
本当に気の効かない執事だこと。
〔そんな雰囲気に酔ってか、一人芝居。
しゃくしゃくと踏みしめ、おほほ、と笑う。〕
……。
〔笑いの数秒後。芝居を止め立ち尽くしては、〕
……バッカみたい。
〔現実に戻る言の葉を一枚、雪道へ降らす。
その程度の分別はついた、夢の様だ。〕
……ついたら、ゆっくりしよう。
続き、読まなくちゃ。
〔しゃくしゃくと歩みを再開し。
呟きながら鞄の中へ伸びていく、手。〕
楽しみ…。
〔ほぅ、と息を吐き。
瞳は再び、夢見がちな色で染まっていく。
鞄から這い出た手が所持するのは一冊の本。〕
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