[やがて出てくる、ミルクたっぷりのカフェモカ。
ほんのり苦い中に、チョコレートとミルクの甘みが広がって行く。
目をとじて、ふう、と息をはいた]
なんていうのかなぁ。
人生って、あまいばっかじゃ、ないんだねぇ。
[少しだけ大きな独り言。
甘いだけじゃないカフェモカが、喉を通っていった]
[無口なマスターは、相槌を打つこともしない。
ウェイトレスなど、いるんだかいないんだか。
このくらいの空気が、今は心地がいい。
だから私は、少しだけ大きな独り言を呟ける]
今でも、好き、っていうか。
んー、好き、なのかなぁ。
嫌いでは決してないんだけど。
[熱いカフェモカを少しずつ口に含む]
なーんか、ね。
私じゃだめだったんだなぁ、って。
おもうんだよね。
[いい人だと思う。
優しくて、気が利いて。
一緒にいると、いつも落ち着いて、安心できた。
小さな喧嘩を幾つもして、その度にいい関係になっていった]
そう思ってたのって、私だけだったのかなーって。
[カフェモカに口をつける。
温かい。
甘く優しい、ミルクたっぷりのココアみたいな人だと思っていた。
その奥の苦味には、気付けずにいた]
[はじめは純粋に、惹かれあった。
ホットミルクのように、白く、すべてを保有してしまうあたたかさ。
ココアの、じんわりと広がる甘さ。
それらを共有した時間を過ごした。
ミルクとココアで、珈琲の黒と苦さを隠して]
[お互いの視線は、お互いをみているようで、
その実お互いをみていなかった。
彼の優しい視線に映り込んでいるのは私だけではなかった。
わたしが踏み込んではいけない、誰かが常に、そこにいた。
彼は、私が気づいていないと思ったのかもしれない。
はじめは、わからなかった。
それはきっと、彼の優しさ。作った表情。
ミルクとココアで隠したコーヒーがわかるまで、ずいぶんと時間がかかった]