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―― 挿話 / 船頭衆との会話 ――
船頭に なりたか 理由 …?
[人形店のボタンからの差し入れ――いつもの握り飯を
喰いながら、見習いの男はキクコの父の問いを反芻した。
村の川下りは、穏やかな淵から豪快な急流まで楽しめる
起伏に富んだ流れが売りだった。
まだまだ未熟な見習いは、昼飯時までに既にずぶ濡れ。]
…
三途の川じゃ、
もう渡し舟は 営業しちょる らしかで…
川下りなら 目新しい て
仏さんが わらって くるっか ち 思うて。
[頬についた飯粒を行儀悪く舐めとった朴訥な見習いは
はじめて「魚道」を突いて越えたばかりの堰を見遣った。]
[緑蜂はキクコの願いを。――「 早く 暖かくなれば 」
白蜂はネギヤの願いを。――「 もぎゅもぎゅ……。 」
黄蜂の別なる群が担う、ボタンの願いは何だったろうか。
青蜂は助手席の女の願いを
――(/*こわい考えになってしまった*/)]
[橙色の蜂の願いは――未設定。*村の人びとへ託された*。]
[常よりはやい、川の流れ。
薄く濁った水のなか、身を投げたタカハルが見え隠れ。
少年を押し流さず留め、追う高瀬舟を追いつかせるのが
『堰』なる岩だとは知らぬまま――男は船底に膝をつく。]
――沈むな、タカハル !
[ ご ごごう ]
[奔流に揉まれそうになる舟が、『堰』を通り抜ける瞬間。
移民の男の手が…タカハルの脇下へ潜り学生服を掴んだ。]
[意識をなくしたタカハルを、引っ張り上げる。
その間に舟は流れ流れて、目の前に次なる瀬の大岩が迫る。]
…っ !
[濡れた身体は重い。然しためらいは無く。
男は、細い舟の上へ自らも仰向けに転びながら助け上げた。
拍子、舳先が跳ね上がり――ちいさな舟は岩を飛び越える。
誰かの声が。リコーダーの音色が。…きこえた気がした。]
[みじかい浮遊感。天気雨。飛沫に虹。
跳ね起きた移民の男は、長い櫂を掴む。
何分、見習いの身。この流れの中、岸へ寄せるのは至難。
舟が着水すると同時、櫂の先を濁流のなかへ突き立てる。
――がくん。 櫂に絡む「何か」。しろく棚引く長い布。]
?!
ええ え
ンガムラさん… ?!! !
[舟は、直後 流木に乗り上げて――おおきく傾いた。]
[ ざっぱーん ]
[高く、宙へ。
しかし運良く、弾みで岸のほうへ。
投げ出されるタカハル。白が絡む櫂を握る移民の男。
そしてふんどしで一本釣りされるンガムラ――
あおい蜂の群れが、帯になってぶうんと横切ったのは
きっと倫理上、束の間隠すべきものが*あったから*。]
[――雨上がり。
濡れた河原に、移民の男は両足を投げ出し呆けている。
浅く起こした上体は、後ろへついた両腕で支えている。
ロケット花火が炸裂した音の余韻は、まだ耳奥。
転覆した舟は、壊れながら遠く流されていった。
タカハルは少し離れたところへ横たわり、
匿われていたたましいたちは器と共に還り来て。
事態の収束。眠気に身を任せるセイジ。見守るアン。
我を取り戻した態のボタン。喜び合うギンスイとホズミ。
一通り見渡して、ゆるゆると、深々と、溜め息をついた。]
…
ンガムラさん。
[『タカハルは?』尋ねた化粧師には、誰か答えたろうか。
やがて立ち上がる男は、ンガムラが岸辺に脱ぎ捨てた服と
借りたこうもり傘を拾って来てそろりと彼の膝元へ置く。]
舟、ひとりじゃ 岸に寄せられんかった。
ありがと
[もうひとつ、拾ってきたのは着慣れたサマーセーター。
やはり生きて戻り来たキクコのほうへ歩を寄せながら、
ぎゅうと絞る。びたびたと落ちる水に、男は眉を寄せ]
キク嬢ちゃん――
せっかく 乾かせっ くいやったとに すんません。
[かくん、と 頭を下げる。しばらくはそのままに――]
…
ご無事で 宜しゅ ごわした。
[低い声が、胸裡を押し出すようにキクコの帰還を慶んだ。]
[――晴らし神のなきごえ。
――銀ぎつねの淡い寝息。
同調していたタカハルの、つぶやき。
耳にして、振り返った移民の男の面差しには
まだ静かな憤りが…確かに息づいていた。]
…
[落ちていた櫂を拾い上げ、絡む白布を解くと
無言のまま元あった船着場へと置きに行く。]
[キクコに背を向けて、歩を進めながら
神を宿していた疲れから眠るセイジと寄り添うアンに微笑んだ。
大きな石へ凭れるボタンに手を貸し、腰が楽なように座らせた。
そそくさ と和服を着込むンガムラの顔は、見ないふりをした。
紫色の蝶々を追いかけそうになったギンスイを留めるホズミと、
束の間だけ目が合った。何か言いかける彼女を、視線で制する。
長い櫂を、船小屋へ丁寧にしまうと、
遅れてきたネギヤとすれ違って――移民の男は河原を後にした。
ぶ ぶうん…
ほぐれた虹のようないろだった、蜂の群れも何れ*どこかへ*。]
―― あんころ餅屋の前 ――
[残されたのは、あんころ餅屋の木戸に凭れた一台の自転車。
錆の浮いた自転車。それから蓋の開いたトランクがふたつ。
蜂の巣は、最前の土砂降りで水浸し。
それを見た御老は…これじゃもう蜂は戻らんなあと呟いた。
トランクの持ち主は現れない。やがて切り出される、巣蜜。
――――其のお裾分けに預かった者も、いたかもしれない。
そして耳にするだろう。
トランクの巣箱には、蜂の幼虫は一匹もいなかった、と。]
[まるで、自分の巣を追い出されたはぐれ蜂たちが、仮に
身を寄せ合って暮らしていたような…蜂の巣だった、と。
残されたトランクは、綺麗に掃除され望む者の手に渡る。
そして、村で無事にイベントが催されたその日。
あんころ餅の「あたり」を手にした、幸運な老婆には。
――百花が香るはちみつをとろりと混ぜたあんころ餅が
ひと月のあいだ、好きなだけ振る舞われること*だろう*]
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