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―― 宿の近くの木陰 ――
[集会に呼ばれていたけれど、顔も出さずに木陰でのんびりとしていた。
そこに誰かが近づいてくる気配を感じて]
んー? なんだ、ドロテアかあ。
はぁ? 人狼を見た? えー?
[本当に見たと主張するドロテアに猜疑心いっぱいの視線を向ける。
全然信用してないとわかる態度で欠伸をした。]
それってさあ、最近言われてた噂だろー?
土砂崩れが怒ってただでさえぴりぴりしてる奴多いんだから、そんなデタラメ吹聴してたら、そのうち誰かに怒られるぞー。
[まじめに忠告してみるけれど、ドロテアは納得しないどころかどうして信じないと反対に怒る始末。
どうしたものかと肩をすくめれば、もういい、とドロテアがその場を立ち去っていった。]
[立ち去っていったドロテアを見送り、ぼさぼさの髪をぐしゃぐしゃと掻く]
あの調子で言いふらさなきゃいいけどなあ。
そもそも人狼を見たっていうけど、人影を見間違っただけ、とかいうオチも有りそうだしねー。
[独り言を呟きながら、どうするかなあと首をかしげる。
いつのまにやら集会は終わったらしく、宿から幾人かの人が出て行くのが見える。
戻って何か食べるか寝るか、それとも誰かのところに遊びに行くかと迷うように、ぼんやりと新緑がみずみずしい木々を眺めた。]
―― 土砂崩れの現場 ――
[――ペッカは、岩を抱え上げる。
泥まみれの其れは滑りやすいが、落とさぬように。
力を籠めると、肩から首周りがぐっと太く膨らむ。
浮いた汗が、濡れた肌へ泥混じりの流れを作った。]
ふっ、 …
[息を詰めるちいさな音にすこし遅れ――
どうん、と投げ捨てた岩が地響きを立てる。
ペッカはひとり、黙々と岩を抱え、運び、捨てる。
道を埋めた崩落の幅は広く…向こう側は見えない。]
[嵐の過ぎた森。萌えだしの新緑が日差しに映える。
せせらぎの音に喉は渇くが、土砂の合間を縫って
流れる水は濁っている。ペッカはひひとわらう。]
漕がにゃ進まん、凪もあらぁな。
[集会へ向かう姉夫婦に向けたのと同じ台詞を呟く。
水夫のペッカが乗る船が次に出航するのは半月後。
急がぬ男は、然し僅かずつ海へ向かう日々を送る。]
[いつのまにか木陰に座り込んで転た寝をしていた。
この時期の穏やかな日差しは眠たくなるから危険だと欠伸をしながら思う。]
んー、とりあえず、もどるかぁ。
[こきり、と首を鳴らしながらゆっくりと宿へと戻る。]
――宿の一階――
[集会所と兼用になっている宿の扉は大きい。
その扉をゆっくりと押し開いて、中へと足を進める。]
ただいまぁ。
[集会に参加していた人たちはほとんど帰ったけれど、残っていた――というより残って当然の宿の主人には渋い顔をしてで迎えらてしまった。]
いいじゃん、俺が聞かなくても問題ないし。
[のんきに呟きながら、グラスに水を注いで喉を潤す。]
[宿の主人は、息子たるベルンハードの
呑気な台詞に、さらに渋い顔をつくる。
カウンターの傍へ腰掛けていたペッカは言う。]
… ソレ、さっき俺も言った。
[喉を潤す幼馴染みを見やって、卓へ突っ伏す。
川の水を被ってきたものの、まだ泥に塗れた姿。
宿の主人は、呆れた態でペッカが帰り際の一杯と
称して注文したエールを用意して運ぶところらしく]
[渋い顔をする父親にはへらっとした笑みを向けておいた。
カウンターに突っ伏す幼馴染にはちいさく笑う。]
ペッカも参加しなかったんだ。やっぱ間違ってないよな、うん。
……って、ほらしっかりした大人がいるから大丈夫だと思ってさ。
[ペッカにエールを渡した宿の主人が怒ったような顔を向けるのを見れば、あわててぱたぱたと手を振って弁解した。]
それに俺だって何もしなかったわけじゃないぞ。
ドロテアが人狼がどうとか言ってたの、広めないようにってちゃんと注意しといたから。
[ほら、仕事してる、といわんばかりに胸を張ってみた]
[宿の主人からエールの杯を引ったくりながら
ペッカは幼馴染みへ腫れぼったい目を向ける。]
おう、むしろ居ねえほうがいいだろってな。
何かドロテアが追い出されたとか聞いたぜ?
俺らじゃ、追ん出すにも苦労すンだろうよ。
[ほとんど胃へ落とし込む勢いで杯を傾けると、
日に焼けた腕の太い手首で口元を荒く拭う。]
親父さんからちらっと聞いたけどなァ…人狼?
海の上じゃ、眉唾話も侮れねえもンだが…ふうん。
[エールを飲む幼馴染の言葉にそのとおりと頷き。]
なんか、噂できいた人狼を見たって煩かったんだよなあ。
いくら季節外れの嵐で驚いたからって、そんな思い違いをするかなあ。
[腹をたたくペッカにそこは違う、とつっこみながら首をひねり。
息子とその友達に呆れた宿の主人はとっとと厨房に引っ込んだ様子。]
まあ、ドロテアだって、皆に否定されりゃそのうち勘違いに気づくよな、きっと。
[がっしりした幼馴染と対照的にぽっちゃりした腕で頬杖をつきながらカウンターの上にあった莓の籠をそーっと引き寄せて、春の恵みを食べ始めた。]
…木の芽時、ってヤツか? らしかねえやな。
[普段のドロテアを思い起こしながら鼻を鳴らす。
早々に宿の主人が引っ込めば、次杯を頼み損ねて]
あ、なんでぇ本当に一杯だけかよ…。
[文句を言いながら視線を戻して、ペッカはふと
真顔になる。苺を食べる幼馴染みをしげしげと見]
そりゃ間違いだって言われ続けたらお前ェ、
本当だって勘違いと思っちまうんじゃねえの。
[籠の苺を、ひとつ摘んで齧り]
なァ。
勘違いじゃなかったら…
誰か気づいてやれっと思うか?
[――――他愛無く口にする。]
あはは、あんまり出てくるのが遅いようなら俺がいれようか。
[エールのお代わりがもらえないのが不満そうな様子に笑う。
らしくない、というドロテアの様子を思い返せば、真剣に訴えてきてたことを思い出して。]
うーん……まあ、否定され続けたらそう思うかもしれないけど。
[もぐもぐと口を動かしながら小さく応え。
他愛なく口にされた、幼馴染の言葉にぽかんと口を開く。]
勘違いじゃなかったらって――ペッカは本当にいると思ってるわけ?
[首をかしげたところで、苺のへたを口の中へと放り込まれた。]
うぇ、ちょっ、ペッカ、なにするんだよ!
[ぺっぺっと、へたを吐き出しながら日に焼けた男を睨めば、厨房から父親がでてきて、うるさい、と怒られるのだった。]
… どうだかなァ
[返答の代わりに投げ入れた苺のへたに慌てる
ベルンハードの様子に、ペッカはひひとわらう。
幼馴染みの父親に一緒に叱られるのは楽しげで、
船が寄稿する合間の休暇においては常の光景。
降った怒声で有耶無耶になった話題は続かずに、
ほら仕事仕事、とばかり相手へ酒杯を*預けた*。]
くそう、なんでペッカのせいで俺まで怒られなきゃならないんだ……
[笑うペッカを恨めしそうにじと目で睨む。
幼馴染が居るときの日常に、嵐や土砂崩れ、人狼の噂といった非日常が僅かに薄れる。
杯を手渡されてふかーいため息をついた。]
エールの代わりにミルクでもいれてやろうか……
[ぶちぶちと呟きながらも、酒杯を片手にカウンターの中へと入る。
そして樽からエールを注ぎ、ペッカの前へと置く。
その後はしばらく、カウンターごしに対面しながら、会話を続けるのだった。]
─町の広場─
あーあ、全くもう。
こんなんじゃ、商売上がったりだねぇ。
……新しい糸を受け取りに行かなきゃならないってのに。
[ため息つく仕種にあわせ、帽子の長いリボンと大きな耳飾りがゆれる。
広場までやって来た女は、何気なく周囲を見回し]
……んん?
どうしたんだい、ドロテア?
……え? 人狼、見たって……。
あんた、なぁに、言ってんの。
[訴えかける少女に、女は僅かに眉を寄せる]
本当だ、って言われてもさぁ……ああ、確かにあんたは嘘つくようなコじゃないけど。
んー……いきなりそんな話されたって、ねぇ?
アタシも困るしさ。
とにかく、ちょっと落ち着きな……って。
[困り顔のまま、宥めるように肩を叩けば。
少女は、怒った様子で女の傍を離れて行く]
あーあ、もう……。
[他の住人に向けて訴えを繰り返す少女の様子に、零れるのはため息、一つ]
あんな調子で、イラついてる連中に当たられたりしなきゃいいんだけどねぇ……。
―― 宿の一階 ――
[ペッカは、暫くベルンハードと話していた。
さして長くも遠くも無いありきたりな航海の話。
それでも、そこそこ珍しげに耳を傾けてくれる
宿の息子たる幼馴染みの日常を思い、ふと挟む。]
ビー。
お前ェ、このまま親父さんと宿屋やンのか。
[呼ぶのは、幼い頃のままの愛称。]
なんか他にやりたいことでもありゃよ、…
…こン災いで往来もしばらく途切れっだろうし。
ちっと他の商売も考えてみりゃいンじゃね?
…なン、思っただけだァね。
[答を待たず窓外へ目を遣るのは、急かさぬしるし。
濡れた口の周りを舐めながら、広場へ興味を移す。
道行く人びとへ何やら真剣に訴えるらしき
ドロテアの様子を見、ペッカは頬杖をつく。]
おーぉ、誰彼なく捕まえてンなァ。
ウルスラ姐も絡まれてんじゃねーか。
─町の広場 → 宿─
[雑貨屋の方へと向かう少女を見送った後、もう一度、やれやれ、と呟いて。
ゆっくりと、足を向けるのは宿屋の方]
……おんや?
親父さんは、お出かけかい?
[扉を開け、中を見回して。
最初に投げたのは、そんな問い]
親父さンなら、奥に引っ込ンじまったぜ。
[来訪者の声を受け、カウンターの端から応じる。
無造作に腕を上げると、乾きかけの泥が落ちて]
若ェのとは、話が合わねンだとさ。
[斜に腰掛けた侭、ペッカは柄悪くひひとわらう。
ウルスラの用件は、ベルンハードが尋ねると憶え]
ウルスラ姐も、辛気臭せェ面しに来たクチかぃ?
おや、そうかい。
ま、アタシも急ぐ用件じゃないけどねぇ。
[奥に引っ込んだ、との言葉にちら、とそちらへ視線を流す]
ま、あんたらがいつもの調子で駄弁ってたんなら、話は合わないだろうけどさ。
[笑うペッカに冗談めかした言葉を返し。
空いている椅子一つ、かたりと引いて腰を下ろす]
辛気臭くしたくはないんだけどさぁ。
仕事に気が乗ってた矢先にこんな状況じゃ、さすがにアタシも憂鬱になるさ。
ンなら、座ってきなぃ。
…俺ラん店じゃねえけどよ?
[カウンターの内側から振り向いて奥へ声をかける
ベルンハードに代わってうながし、軽口を叩く。]
おう、つきっきりで説教も互いに飽きたってナ。
あンだけの嵐で、人死にが出なンだこったし
村ン衆も、もちっと喜んでもいい気はすらぁ。
[ウルスラの憂鬱の種を耳にしてふうんと唸り――
ペッカは、ごとと身動いで椅子の向きを変える。]
気の乗る仕事? そういやうちの姉ちゃんが、
ウルスラ姐がうらやましいとか言ってたっけか。
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