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極寒の極夜。
石造りの小屋が点在する村の中に、一陣の風が吹く。
小屋群から離れた、面々が集まるテントの周りにも。
やがて長老は、皆へ口上を伝えた使者アルマウェルを
労うように僅か顎を引いてみせると…重い口を開く。
『 狼をあやつる者は、ふたり。
必ず滅ぼさねばならぬ。
そして未熟ながら――
汝らの中には、まじないをする者らが居る。
その者らは、村へわざわい為す狼使いどもを
探し出すのに大きな…おおきな力となろう。 』
長老は続けて言う。
彼らをまじないで看破する者が、ふたり。
看破するには、
ひとりは生ける者を、ひとりは死せる者をみる。
さらには、狼使いどもの暴虐を
僅かに阻む者がひとり居るのだと。
『 汝らの誰にも、可能性は在る。
だがドロテアには――
我が孫娘には、それらの徴が全くない。 』
ドロテアの身代わりについて言及した求道家を、
長老は静かに見遣る。その裾は孫娘に握られて。
『 無力がゆえに、…代わりは居らぬのだ。 』
供犠たる孫娘の手を握り返せぬ儘、声を絞った。
アルマウェルを通じて、或いはテントの中で
聞かされていた言葉はもう一度繰り返される。
『 時間稼ぎも、僅かだ。探せ。汝らの中に居る。 』
敵も、味方も。
今ひとり潜む、揺れる者の存在は本人のほかには
未だ誰も、長老でさえも知らぬままに時が*刻まれ*
女獣医のしろい手を、拒む供犠の娘。
長老は痛ましげな面持ちを灰色の髭の奥へと潜める。
皺に覆われた手は、ドロテアの背へ軽くだけ触れる。
『 …つらくなるだけ かもしれん。 』
『 だが いま一夜 名残りを――… 』
捧げられる女に惜しむものがあるなら、好きにと。
半ば老爺の願いの如く、その触ははかなく*伝える*
長老は、ドロテアの声に、長じた孫娘の言葉に、
長く白い眉の下で――人知れず目頭を熱くする。
非情にも近づく、"そのとき"。
テントの入口、厚い幕が静かに何者かに捲られる。
『 …… 』
外に見える、幾つかの、儀礼めいて揺れる松明の炎。
幕を捧げ持つ態でテントの奥を――長老の傍に座す
ドロテアをひたと見詰めるのは、若衆頭の男*だった*。
雪原に設えられた祭壇に、供犠の女は横たえられる。
『 爺様、恥ずべきことは何もないわ。 』
ドロテアの言は、祖父以外の者たちにも尊重された。
逃げられぬよう括りつけるための縄は…打たれない。
砂糖菓子の味は余韻となって、仰向けに見上げる天、
そこへひらめく極光のくれないと如何に相俟ったか。
祭壇を取り囲む者たちは、女との別れを沈黙で為す。
松明を手に、目を伏せる祖父と祖母。
松明を手に、強く歯噛みする若衆頭。
松明を手に、深く項垂れる兄弟たち。
熟練のポロミエス(トナカイ追い)が、餞の呪い歌を
唸りながら、踵を返すのをはじめとして…列は動く。
長く列為す炎は、祭壇から…ドロテアから遠ざかる。
狼の群れは、遠巻きに見ているが列の者を襲わない。
『 ―― だめよ、踏まないで ! 』
戻り道。ドロテアの幼馴染たる村娘が声を上げる。
先へ>>280、やわらかな新雪に出来たひと形の窪み。
往路に、供犠が大地をいだき、いだかれたかたち。
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