[何がなんだかわからないまま、頷いたような気がする。交際の約束をしたことはなかったが、彼は良い友達だったし、別にこの先ずっと一緒にいたって構わない。多分、これまでとそう大きな変化はないのだろう。そんなことを漠然と考えていた。
写真や、指輪や、各種の手続き。
それらの準備をばたばたとしている間に、幼馴染は転職をして、すこし離れた街に引っ越すことが決まった。
その段になって、住み慣れた家を出て新しい生活を始める覚悟ができていなかったことに、冬香はようやく気がついた。事の重大さに、気がついた。]
[なんだかんだで、それから二年。
やっと、今の生活に慣れてきたような気がする。
しかし時には、以前の暮らしがどうしようもなく懐かしくなることもあるのだ。箪笥の引き出しに貼ったシールの痕まではっきり思い出せるあの家が、懐かしくなってしまうのだ。]
はー…。ぐだぐだ。
でもコーヒーが美味しいから生きていける。
[ちょうど今はそういう時期なのだ。
短期の仕事が終わって暇になったせいかもしれない。しかしいい加減、ちゃんとした仕事を探さないといけない。そんな、中途半端な時期。]
思えば人生三十一年、半端に生きてきましたよ、私。
ピアノやったり演劇やったり絵描いてみたり。仕事もころころ変わってたし。
後悔してるわけじゃないけどさあ。
この先ちゃんとしないといけないんじゃないかって思うとさあ。
[若い頃は自称夢追い人、などと冗談を飛ばしていたが、そろそろ、なんとなくそれではいけないのではないか、などと思い始めるのであった。]
…うん、美味しい。
[ひとしきりぐだぐだした後、猫舌にも程よく冷めたコーヒーを飲み干して、カップを置いた。]
ちょっとすっきりしたかも。
血の巡りが悪かったのかなあ。
[ひとつ大きく伸びをして、息をつく。]
仕方がない、明日からまた頑張るか…。
[特に何をするのでもないのだけれど。
とりあえず、しばらくさぼりがちだった洗濯物を片付けて、求人誌でも買ってみよう。そんなことを思う冬香なのであった。]