[気がつくと、口の中が甘かった]
……なんだろう?
[薄ぼんやりと、ウエハースの味だけが蘇ってくる。
どうしたんだろう、とつぶやきながら、足はどこかへ向かう。
前方に、お菓子の家の煙突が見えてきた]
[歩き疲れては休み、また歩き出すを繰り返し、いつしかたどり着いたのは小さな家。
壁に指をはわせると、溶け出したチョコレートがまとわり付いた。
指先をそろりと舐めてみた]
……あまい。
[観察しながら家の周りを一周して、ビスケットの扉を開く。
テーブルの上には、明かりの燈ったランプが置かれていた。久々のまばゆい光に少女は目を細めた]
[いつの間にか、虫のように光に引き寄せられて、傍らの大きな木製の椅子に腰を下ろしていた。
膝を抱え込んでランプを見ているうちに、徐々に瞼は重くなり、やがて*闇をもたらした*]
[物音にやおら目を開くと、ソファーで眠る少女と、佇む老婆が目に入った]
おはようございます……。
[他人というものに会うのは何日ぶりなのか、どうにも人の存在に違和感を覚えてしまっている自分に苦笑した]
「どうして」?
[問われると、鸚鵡返しに言葉をなぞり]
歩いていたら、この家があったから。
歩いていたのは、……何でだったんだろう?
[抱え込んでいる両脚は、少女がどれだけ歩いていたのかを語るだけの疲れを孕んでいる。
けれど、思い出せるのは「まっくらな森を歩いている」ところからで、それ以前などというものは存在しないような感覚に陥っていた]
ここは、おばあちゃんのおうちなの?
そうなの……。
[落胆が臭う声音でそう言うと、窓の外に目をやった]
どうして、魚が空を飛んでるんだろう。
昔からこうだった?
[静かに静かに呟いて]
昔なんて、あった?
[老婆の手のあたたかさに、目を細めて]
怖いとか、そういうんじゃないの。
ただ、ちょっとだけ、さみしい。
[次の涙があふれることはなく、少女は鼻をすすって息を吐き出した]
ありがとう、おばあちゃん。
[心許したのか、老婆にあやされているうちにうとうとし始めて]
おばあちゃんも、さみしい?
[寝言のような不確かさでそう言って、膝を抱えたまま身体は老婆の方へと傾く]
[やがて、永遠に続くかのような夜の静寂の中、少女の微かな寝息が*響き出した*]