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― 朝 ―
[ベッドの上で、目が覚めた。
部屋に光が差し込んでいないが、時計を見るといつもの時間だ]
珍しい夢を見たねぇ
もうずっと若い頃のことなんて思い出してなかったのに
[少し頭をかくようにした。
そのままベッドから降りると窓辺に向かい、カーテンを開ける]
…雪だよ
きれいな夕焼けだから晴れるってわけじゃないんだねえ…
[ふと、カーテンを開けた自分の手に目が行く。
綺麗な、皺のない白い手だった]
…
― 休憩室 ―
はっ
[気がつくと、病院の別の部屋に座っていた。
子供たちが遊戯スペースで駆け回っており、テレビからは少し前の懐かしい曲が流れている。
じゃれあう子供たちを見て、つい無意識に声がもれた]
子供は、いいねぇ…
[すると隣の男性が、「はは、アンタさんだって子供だろうが」とこちらに向かって笑った。
この人は、昨日出会った人だ。
そうだ、昨日自分は休憩室でこの人と話をした。
これはその時を繰り返した夢なのだろうか。
でも、わたしが子供…
男性はかまわず独り言のように言葉を続ける。そして聞いた。
「春の花だ。アンタさんはすきかい?」]
すき…
カタクリの花、わたし、好き、よ
[声が高い。
ああ、わたし、若返ってる]
[男性は「孫にも喜んで貰えるかもなァ…」と笑った。
どんどん思い出してきた。
わたしは何だか知らないけど若返ってる。
そしておそらく昨日の世界に居る。
もっと思い出す。
この後は、確か、お手玉を作る。
1日と半かけて]
だめっ…!
[小さく叫ぶと立ち上がった。
私の願いが叶ってる。
「一日でいいから、若かった頃に戻りたい 」
自分は死んだのか?
それともこれはただの夢なのか?]
おじさん、わたし行くね。
ありがとう
[立ち上がると、駆け出した。
身体が軽い。力が満ち溢れている。
走りながら外を見た。
雪の降る光景の手前に、反射した自分の顔が見えた。
ちょうど満州で女給をしていたころ…15,6歳の自分がいた]
― ロビー ―
[走り出して、着いたのはロビーだった。
きっと一日しかこのままでいられないとわかっていた。
家族に会いに行く?
おじいさんは死んでしまった。
自分が入所するときに少し後悔するように泣いた息子はもう今は半年に一度来るか来ないかだ。
嫁も、孫もそれぞれ生きているだろう。
もう、それでいい。それがいいと思う]
くるみちゃん、いない
[息が荒いままきょろきょろ見回す。
病室も何も聞いていない。
はぁぁ…とため息を吐いて下を見たとき気づいた。
服が、何故か昔持っていた白いワンピースだった。
そして姿は昔の姿。これでは自分だとわかってもらえない]
やれやれだよ…
あっ
[見覚えのある医師が歩いてくる姿が見える。
いつも月一で見てくれる外科のユウキ先生だ。
彼なら、病室を知っているだろうか。
いや、これが自分の夢だったらそもそも知るわけがない]
ええい!ままよー
[首を振ると彼の元に駆けていった]
[彼の目の前に躍り出ると、彼の都合などかまわず話し出した]
あ、あの、先生
いつもお世話になっております
えーと、くるみちゃんが…
[お医者先生に嘘をつくというのでやや挙動不審だ]
あの、わたしはくるみちゃんの友達のぼたんといいます
くるみちゃんにお見舞いに来たんですが、先生、病室はわかりますか?
[上目遣いで聞いた]
[先生の申し出に、とっさに、いえいえ忙しいお医者様に悪いよう、と言いたくなったがこらえる]
あ、お、お願いします!
初めてなんです、この病院
ロビーで迷っちゃって…
[と言いながらもいつもの特等席の陽だまりをふと見やる。
さっきまで、雪が降っていたのではなかったか?
陽だまりの中、ほかの常連が思い思いに過ごしていた。
そして、ふっとその窓の外に、うすく飛ぶように歩くような少女の姿を見た気がした]
あっ すいません、ぼうっとしちゃって
[案内してくれようとする先生に遅れまいと、くるりと向き直り、もう一度小さくお辞儀をした**]
― 病室 ―
[ユウキ先生と一緒に病室に向かっていく。
どんどん困ったことに気がつく。
まず、行ってもくるみちゃんは自分に気づかない。
ただ不審がられるだけだ。
さらに一緒に行ったら、先生にも知り合いじゃないことがばれてしまう。
その上お手玉も完成していない。
本来なら、この時間私はお手玉を作っているはずなのだ。
会いたい気持ちがどんどんしぼんで、顔が自然とうつむいていく。
しかし、目の前の先生はくるみちゃんの病室のドアを開いた]
くるみちゃん…
[そこにはベッドに腰掛けたくるみちゃんがいた]
えーと…
ぼたんおばあちゃんからの伝言だよ
あのね、ごめんね
できなかったの お手玉
頑張ったんだけど、渡せなかった…
[何がなんだか自分でわからなくなってくる。
少し目の前が滲んだ**]
[遊んでくれる?と言われて顔を上げて微笑んだ]
うん! でも、お手玉ない…
ええと、歌とかかな
[囲碁もオセロも何も手元にない。
うーん、と悩んだ末に、近くの椅子に腰掛けると歌を歌った]
ゆきーの ふーるーよーは
たのーしーい ペーチーカー
[ゆっくり、歌った]
手紙、ありがとう
[しばらく部屋に居ただろうか。
ノートから切り離された紙に書かれた手紙を受け取ると、胸に押し当てるように持った。ふふ、と微笑む]
じゃあ、またね
くるみちゃん、先生
また会えるよね
[ふっと立ち上がると、2人にお辞儀をし、部屋を出た]
― 屋上 ―
うわぁ… やっぱり晴れてる!
[屋上に出ると、穏やかな陽が差していた。気持ちよくて、深呼吸をする]
あっ でも、さむーい
[はぁ、と息を吐くと、かすかに白い息が見えた。
駆けるように屋上のある方向へ向かった]
ああ… やっぱりよくみえる
[片手を額にかざした。
風がばぁっとワンピースを揺らす。
海が見えた]
― 介護棟 ―
[しばらく屋上に居た後、病院の中に戻り、いつくしむようにいろんな場所を回った。
この間ぶつかった子供がいたので、頭を少し下げながら笑いかけたが、もちろんこちらのことなどわかるはずもない。一瞬不思議そうにぽかん、とされた後、頭を下げられた]
ふふ…
[実際やり残したことはたくさんあるのだろう。でも、今やりたいことが不思議と終わってしまった気がする。足は自然と自室に向かった]
ん…
[と、部屋に戻る途中、レクリエーションルームの様子が見えた。
歌の時間だった。
例の若い職員がギターを持って、ぼけっとした老人の前にいる]
そうだ…
[何故こんなことをしようという気になるのだろう。不思議に思いながらもそちらに駆けていった]
ね、お兄さん いつもご苦労様です
わたし、ボランティアなの
今日はわたし、歌を歌いにきたんです
宜しくお願いします
[ぺこり、と呆然としている若い職員に頭を下げると、老人達に向き直った]
わたしは、えーと、満州のメイドBです
宜しくお願いしますっ
[もう一度ぺこりと頭を下げると歌いだした]
あーかーいー りんごーに
くちびーるよーせーてー
[歌い終わって、もう一度頭を下げた。
老人たちは、やはりほとんどがぼうっとしている。
でも、そのうちの、たった1人、2人。
少しだけ歌を一緒に呟いてくれたのがわかった。
もう一度若者に向き直る]
今日は急にごめんなさい
本当に、いつもありがとうございます
多分ね、たまに昔の歌を歌うと、喜んでくれる人が、少しだけいると思うんです
少しだけだけど、お相手してくれると嬉しいです
[ああ…と若い職員が呟いた。
この職員の方が彼らの普段の様子をずっとよく知っているのだろう。
自分がこれ以上言うのもおこがましいと思い、小さく頭を下げて、部屋を出た]
― 自室 ―
ふわー
今日は色々なところに行ったね
つかれたよ
[部屋に戻り、大きく息を吐くと、ベッドに大の字に横になった。
目を閉じると、すぐに強力な眠気が襲ってくる。
ああ、これはもう起きられないのかな。
横にならなければ良かったかな。
少し後悔しながら夢の中で目を開ける。
満州のカフェに居た。
女給の格好で玄関に立っている。
ここはとても温かいが、窓越しに外を見ると、雪がしんしんと降っていた。
がらんがらん、と音がして、玄関が開いた]
…おじいさん
[扉を閉めながら、彼が傘を閉じて、顔を上げた。
私のほうを見て、私の名前を呼んで微笑んだ]
おじいさん。
いいえ、……さん
[わたしも微笑んだ。
若い彼のコートを脱ぐ手伝いをした。
手と手がしっかり触れた。
わたしはやっと彼に触れられた]
これからは、いつまでも、一緒に居させてください
[彼が小さく頷いた**]
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