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― 街中 ―
は……
[適当な壁に寄りかかって、息整える。]
また撮り逃したなー。
[うさぎのことだ。わざと明後日の方向に感想を零せば、少しだけ可笑しい。
心に掛かりはじめた不安は、雨降らす前に吹き飛ばす。いつからか、そうすることに慣れていた。]
[背を預けていた壁から離れ、道挟んで向かいにある家をじっと見上げる。アイボリーの壁、ブリックレッドの屋根。ごくこじんまりとした一軒家。―――かつて住んでいた家。
今はひとり小さなアパートに移り住んでいるけれど。]
………。
[鞄からキーケースを取り出し、“現在”ならば存在し得ない鍵穴を回す。長く役目を失い鈍色に変わっていたキーが、一瞬輝きを取り戻しているかのように見えたのは気の所為だろうか。]
ただいまー。
とと、玄関こんなに狭かった かな。…うちといい勝負。
[記憶よりも随分狭い玄関に笑いながらサンダルを脱ぐ。少し残った砂を払った。
躊躇いもなく自宅に足を踏み入れるのは、中に誰も居ない事が分かっているから。*]
― 元・自宅 ―
[予想していた通り、仄かな白檀の香りに出向かえられた。客人でも来ていたのだろう、飲みさしの湯飲みが幾つか残されているのを認めれば、呆れたような困ったような声を発する。]
あら、ら。
片付けもせずに何時もの場所に行っちゃったのね、わたしは。
[壁一面に立て掛けられた写真。
フレーム入りの物もあれば、素のまま画鋲で取り付けられているものも。
年月をかけて撮影されたであろうそれらは、殆どが自分の手によるものではない。]
[色素の薄い瞳はそれを順に眺めたのち、やがて机に放置されたままの写真に向いた。表札の前、並んで笑顔を向けているのは記憶にあるままの両親だ。
旅行に発つ二人を、見送りがてら写真に収めたのは―――]
これ。わたしが撮ったんだよねー…。
[貯金を貯めて購入したカメラではなく、その時だけは父の写真機を貸してとせがんだ。折角の15周年記念なんだから、綺麗に撮れた方が良いでしょ?…と言って。
遺品整理が終わった日に、何処からだったか、写真は手元に戻って来た。その日は一日中、部屋に篭って泣いた。]
とにかく混乱して、迷走してたっけ。
自分の所為で死んじゃったんじゃないかって。
そんなわけ、なかったのに。 ……ないんだ よ。
[あの日泣いていた自分に向けるよう、独言。]
……ただ、人を撮るのはこれっきりにしようって、
思っちゃった なぁ。
[確か、個展の話が出た頃か。経歴を説明する傍ら、省吾には話したことがあったと思う。風景写真が主である理由。一瞬を半永久的に残すことの出来る感動が、逆に働いてしまった出来事があったこと。
ちくりと刺さる記憶ではあるけれども、大人になるにつれて自分なりに答えを出している。だからきっと、これはウサギの言う「ワスレモノ」ではないのだろう。]
にしても、こんなに撮っちゃってまあ。
置き場所無いからって隅にまで積んであるし。一軒家が泣くぞー。
[アパートに作品を引き取った自分が、どれだけ収納に苦労しているか考えたことがあるかー、と頬膨らませる。表情にはもう寂しげな気配はない。
暫くののち玄関に戻り、サンダルを足に引っ掛けた。自分はもうこの場所の住人ではない。長く居るのも何だか違う気がして。]
……行って来ます。
[目を細め微笑むと、懐かしい場所を切り離す。
戸に確りと施錠をしたのち、その場所を後にした。*]
― →街中 ―
― 街中 ―
どうしようかな。
[学校や海、寄り道した遊び場。
街中を見た限りでは記憶と違える場所もなく、それなりに懐かしくはある代わりに目立った成果も無かった。
こちらに来てからずっと、潮風に後ろ髪を引かれてはいるけれども――]
あ。交番。
そういえばよく落し物が届きましたって連絡を貰ったっけ。でも ま、オトシモノはワスレモノじゃないから、きっと違… ……あれ。
[交番の前を通り過ぎ、横道を折れたところで、見覚えのある姿ひとつ。
疎らに行き交う人々の合間を縫って近付いて、少し距離空け眺めること暫し。]
やっぱりそうでした。人違いだったらどうしようかなあ、って。
此処にいるということは、省吾さんもウサギを見ちゃった組だったんですね。
[反応を見せた省吾は自分のよく知る姿そのままで、ほっとしたような表情を見せるけれども。]
……? どうか、した?
[考え事でもしていたのだろうか。
何時もと違った響きで呼ばれた名。
はいロッカですよーと頷きを返しながら、相手の様子に首を傾けた。]
…ふふ。この街の何処かには居るんでしょうけど ね。
[会ってみたいという言葉を、言葉そのままに受け取る。
海岸で翻る黒い服が再び頭に浮かんだが、それを口にすることはなく。]
昔の省吾さんと同じ場所。
なら、街のあちこちを廻って欠片を集めて行けば、ワスレモノに近づけるのかも――…
[逆算して、大学生の省吾はどんな風だろうかと暫し想像したりもした。
大学生といえば大人だから、今と外見上の違いは少ないのかもしれないけれど。]
…?
[びせ、と聞こえて瞬く。その名は聞き覚えの無いもの。
また何か聞こえているのだろうか、本人にしか見えぬ物が見えているのか、と、問うように見上げる。]
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