[1] [2] [3] [メモ/メモ履歴] / 絞り込み / 発言欄へ
>>43
え、何?聞こえない。
この血まみれの手で口こじ開けてオブラートに包んだ苦い粉薬飲ませればやる気が出るって?
[ハツネは、アンを巡る喧騒をぼんやりと眺めながら、夏のことを思い出していた]
―立花家離れ―
[本来なら立花家の人間の為に作られた、防音設備の整った離れ。
音楽の才に欠けた子ども達に期待することを諦めた家主は、ロボットであるハツネにその場を惜しげもなく与えてくれた。
そこに、レンという女子大生が訪れるようになったのは梅雨明け直前の頃からだった]
『ハツネ、あなた記憶データ上手く認識しなかった子なんですって?そんなイヴの子、初めて聞いたわよ』
……でも、普通に生活出来てるし。
[それはハツネの最大の負い目だった。
口篭もるハツネを、レンは観察するような目で見つめた]
認識すると、どんな風になるの?
[ハツネの質問に、レンは憐れみの目を向けた]
『一年前のことを思い出すのと同じように、十年前のことも思い出せる。人間は、昔のことはおぼろげらしいけど、私達は、はっきりくっきりと』
[他のイヴの子ども達が問題なく認識する量の『記憶』すら、ハツネは自分のものに出来なかった。
それは研究者達を悩ませたが、それでもハツネは破棄されることなく、可能性を試されていた]
[そんなハツネに異変があったのは、立花家に来てすぐだった。
大婆様に顔を見せ、次いで愛犬を紹介されたとき、その犬に追いかけられた小さい自分の姿が思い出されたのだった。
その幼子は膝から血を流し泣いていた。それはハツネにはないはずのもの。それでも、その子は自分であると認識していた。
その話は誰にもしなかった。これ以上、例外を増やしたくなかったから]
誰の記憶。
[ハツネの呟きに、レンは意味ありげに笑って答えた]
『記憶の圧縮が、今の有力策ね。小さなイヴの子を作るの。その子にある程度の記憶データを飲み込ませる。定着した頃、その子のデータをまた他の子に認識させる。すると、最初から数年分のデータを入れるよりも僅かに軽くなる。
イヴの七不思議の一つ』
私は、目覚めてからあったこと全部忘れてないよ?
『それは、過去の記憶がない分じゃない?そのうち忘れるわよ。ここからが本題。ハツネ、あなた長生きしたい?』
『望んでも無理よ。いずれ私達の記憶は取り出されて他の子に引き継がれる。
それで私考えたの。イヴのコピーが出来なくなればいいんじゃないかって。譲渡先がなければ、私達は用なしにはならないでしょう?』
[ハツネは、おかしな話だと思った。
ロボットはおろか、家庭用のPCの仕組みもよく知らない自分がおちょくられているのではないかと思った]
イヴが居なくても、イヴの子や、孫をコピーすれば量産出来るじゃないか。
『バカね。それが出来るなら、どうして今までやらなかったの?
ロボットとしての知識を持たせたイヴをコピーするのが手っ取り早いのに、今でもそれは不可能でしょう』
[レンの発言の真偽はともかく、自分の寿命がそう長くはないだろうというのは以前から考えていたことだった。
これまで生まれたロボット達の最高齢を考えればわかること]
運命に抗うのも面白いかもしれないね。
[それは、好奇心に近かった]
レンの言う所の、『イヴを捕まえるぞ大作戦』。
私とハツネとの接触はないまま、作戦は決行された。もしかするとハツネは私のことすら知らないのかもしれない。
レンは私と違って何の特技もないと思っていたが、そうではなかった。
ハツネのヴァイオリンケースには様々な細工が施され、レンは遥か遠くから事を成そうとしていた。
私がしたことと言えば、蝶の種類を決めることくらいだ。
アゲハ蝶を提案すると、無邪気な笑みが返って来た。モンシロ蝶でもシジミ蝶でも蛾でも、何を言っても同じように微笑んだのだろうけれど、私は嬉しかった。
「レンはどうして私を誘った?ハツネがいるなら、私は要ら……」
要らない、と言いかける語尾に、「生まれたときから傍に居たんだもの」とレンの声が被さった。
それは、否定も肯定も必要がないというような声音だったので、私は黙って見ていることにした。
[捨てたはずの石を拾い集める。
ルリに貰ったブレスレットのなれの果て。
手の汚れごと水道でゆすぎ、それをルリへ差し出した]
お守りなんだろ、これ。
[とりあえずルリは大丈夫そうだと判断すると、立ち上がり廊下へ向かう]
せんせー、あとでこっちも手貸してよ。
[擦れ違い様に言って、ホストコンピュータのある部屋へ]
レンは何を探してるんだ?
イヴに何を望んでる?
[モニタを眺めるが、表示されている内容はさっぱり理解出来ない]
なぁ、レン。
ありもしない記憶を、自分のものだと思い込むのは気味が悪いよ。
犬に追いかけられただの、弟と一緒に迷子になっただの、どこの誰の記憶だ。
これがバグなら、私は生まれた以後の記憶しかない方がよっぽど清々する。
そうなっても破棄されない道筋は、ありそうか?
[傍らの蝶を通して、声は届いているのかいないのか。
反応はない]
―自室―
何でもいいとか一番困るんだよ。
[ぶつくさ言いながらヴァイオリンケースを抱え、すぐさま廊下へ。
コンピュータ室の前で立ち止まり、一度検査室に向かうことにした]
オトハさん、何か聴きたい曲ある?
言ってたじゃん、波長が合うって。
弾けるよ。
[何でも、とまでは言わなかったが、笑みを浮かべ]
何を夢見てるの?
[言いながら、ケースの中から愛用のヴァイオリンを取り出す]
しかし残念ながらここからじゃ届かないんだな。
「『夢路より』ですって。弾ける?」
レンがモニタから視線を外し、悪戯っ子のような笑みを浮かべながら訊ねて来た。
「もちろん。でもハツネが弾けるなら私が弾く必要はないんじゃないのか」
「いいじゃない、たまにはこういうのも」
それだけ言うと、レンは椅子に深く腰掛けて瞳を閉じた。
パソコンに音楽聴かせるなんて初めてだよ。
[くすくす笑いながらコンピュータ室へ戻る。
窓の外を見ると、いつの間にか吹雪はおさまっていた。
冷却ファンの音だけが、室内に低く響いている]
今日は、オトハさんの幸せを祈って弾くとしますか。
[楽譜を思い出し、その通りに演奏をする。
離れた蝶から、もう一つの旋律が響いていることにも気付かず。
場合によっては間違えたフリをすることも出来たけれど、今回ばかりは機械的に正確に]
[1] [2] [3] [メモ/メモ履歴] / 絞り込み / 発言欄へ