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[夜闇の中に溶けるように、するすると男は動き出す。]
[既に一仕事を終えた夜盗の首を撥ねる。
遠く、夜盗に襲われたものの事を思う。]
もし集落を作って暮らしていれば。
金品を返しに行けば。どう思うだろうか。
[掠れた声で呟く。
未だ地面が咀嚼しきれずに溜まる血の中に散らばる物物を眺める。これだけあれば、数人の集落でも暫くは飢えを凌ぐなり殺し屋を雇うなりする事ができよう。]
[今更人に感謝をされてもそれが何になるというのだ。
心の餓えには、何の足しにもならないではないか。]
[では、どうなれば、あての無い復讐は終わるのか。道程は、思えば思うほど苦しくなる。
薬効の切れたあとの思考であれば尚の事、暗いほうへと勝手に落ち込んでいこうとする。この世界を覆うような、絶望と閉塞感に吸い込まれてしまいそうになる。]
ならば、
[躊躇っていても仕方は無いのだ。足元だけを見て歩むのが良かろう。
そう、見下ろす足元には、死体の首から、生命活動の名残で弱弱しく押し出される血が広がっている。こう暗くては水溜りと差異は無いが。]
[血溜まりから金目の物を幾つか失敬する。
屈んだ時に視界がぶれて、一度、濡れた砂を掴んだ。
片側の視界は暈けたまま。いつの間にか出血は収まっているが疼くような痛みがある。]
[ひとつ、目を向けると路上に一枚の羽が落ちている。
恐らくはただの鳥の落としたものだが]
……天上に、選ばれた者の楽園がある、と
戯言の類かと思っていたが、さて……
天上人は、罪をおかすと地上に落とされる……そうも言っていたか。一体、どのような罪をおかせば、このほの暗い地上になど落とされるものか。
この地上で生き延びる事以上の罪があるというのか。
浄化など……
[体を引き摺るように、歩き出す。
酒瓶を置き忘れてきた事が、酷い失態のように思えた。戦いのさなかで砕けてしまったかどうかも記憶にはない。その事がまた、薄暗い後悔と、過去を裏切ったかのような罪悪感の形となって*足元に絡み付く。*]
[祭壇での狂乱の宴など知りもしない、そんな涼しげな顔をして。
仕事中なのか、何時もと同じように交配した街中を駆け回る軽業師の男へと声を掛ける]
ねえ、そこの色男。
遊んで行かない?
[するりと伸びる白い脚。
煽情するようにそれを見せつけて、細い指でさらに煽る様に撫でて]
今ならサービスしてあげても良いわよ。
[蛇の舌のように赤い唇が、にぃ…と弧を描いた]
[胸元から覗くのは、白い封筒。
いつぞやに、彼が己の元へと運んだ手紙。それの端をちらりと見せて]
コレのお礼もしなくちゃいけないし。
ね、いいでしょう……?
[シナを作り、媚びるように男へと絡ませる腕。
ぴたりと豊満な胸を押し付けて、その膨らみの柔らかさを伝えるか]
…… ……。
[自分よりも背の高い男の耳元へ、背伸びをし顔を近づけて。
ふぅ…と息を吹きかけた]
[吹きかけると見せかけて囁く言葉。
胸元から覗かせる封筒を寛げて見せれば、その中にはたった一言。
『遺されし禁断の果実の実、
その全てを滅せ――』
と書かれていた。
蝮の娘は蛇を思わせる眸で男を見上げて]
この手紙。
……誰から受け取ったの?
まさか……あの施設の?
[もう忘れたふりをしていた、記憶の底の地獄絵図がまざまざと蘇る]
[命を奪うよりも、恐ろしい実験が何度も繰り返されていたあの施設。
まだ少女だった己も、あの施設の片隅でスタッフとして参加していた事を、この男は覚えているだろうか]
…………
[思い出すだけで震える身体をしっかりと両腕で抱いて、眸を伏せる。
長い睫毛が震えるのは、止められなかったけれど]
……ね。いいでしょう?
[男の腕から身を離し、胸を強調するように己の身体を抱きながら]
あそびましょう……?
[紅い唇が紡ぐ声は、微かに震えて。
まるで少女のような響きを滲ませていた**]
[――妖艶な蛇が、手管を凝らす。
ちらつかせた封筒と其の肌、どちらが白いか。
ふ、と籠る男の吐息は黒く澱む色を憚るよう。]
…
[応えせぬ間にも、被せるような誘惑の言。
片腕で窓枠へぶらさがった儘、軽業師の男は
しなだれかかる娼婦の太腿へ掌を這わせた。]
[遠慮のなさは、擦れた女にも伝わろう。
蛇めく彼女の鱗を探すに似る手つきが、
太腿から昇り骨盤のかたちを確かめて、
緩く甘く腰裏を摩りながら窪みを降りる――]
[柔く身を揺らして、するり
隣家へ跳ぶ足場、それだけのはずだった
宿の庇下、其の部屋へと――滑りこむ。]
骨でも 抜いてくれるのかい
[室内へ降り立つと同時、男は口の銜を離す。]
…お嬢ちゃん
[年齢もそう遠く離れているとは見えない
――毒蛇めく仕草の彼女をそう呼んだ*。]
[見下ろす男の瞳は、間近に硝子玉めく。
呼び名は記憶の其れと合致する其れで…]
誰だっていい
…俺が書いたかもしれないだろ
[言のやわらかい素っ気なさも、また同じ]
震えてるね
…逃げるつもりもないくせに
[細い肩を、緩慢に摩りおろす。]
お嬢ちゃんがサーディをたらしこんだのは、
こいつが届く前
[「…違う?」囁きは甘く乾いている。]
[男の大きな手が肌の上を這えば、艶めく唇から漏れる、甘い吐息。
何かを確かめる様にごつごつとした手が這う度、ふるりと震える身体。
恍惚とした顔でその手を受け入れる]
…… ……んっ。
[柔らかな尻をきつく掴み上げられても、悲鳴を上げる事はせず。
それどころか、男を見上げる顔は何処かうっとりしたもの]
骨以外のモノも、お望みならば……。
[室内へ降り立つ男の足元に跪き、銜を外した男の顔を見上げながら。
その手は柔らかく男の脚を撫で、その中心へとゆっくりと登っていく。
お嬢ちゃん、と。
名前ではなくそう呼ぶ男に、曖昧な笑みを浮かべて]
ああ、それとも。
骨抜きにするほど激しいものを、お好みかしら?
[顔に掛かる黒髪を指で描き上げながら、ふわりと微笑んだ*]
……嘘つき。
[銜を外した男の顔を見上げて、
詰る様にその唇に甘く噛みついた。
すぐに唇を離し、硝子球めいた眸を見詰めて]
――……あんたが書いたのだとしたら、今更すぎるわ。
あそこでの事。
お互い触れないようにしていたのに。
[どうして――…と、音もなく唇だけで紡いで]
[サーディの事を問われれば、苦く笑い]
随分と物知りなのね。
……ドロテアの事は、私の詰まらない意地よ。
あんなバカげた祭に、あの子の命を一欠片だってあげたくなかったの。
[肩に感じる温もり。
乾いた問いかけに、そう返して顔を反らす]
馬鹿な女だって、笑っても構わないわ。
[小さく息を吐き、蛇はその眸を伏せた]
― 時間は前後する>>30 ―
[落暉残照していた濁った赤黒い空も、今は一面どろりとした墨を流し込んだように夜闇を濃くし始めている。]
―――…お腹、空いた、な。
[ぴちょ――ぴた―――――ぴた――――]
[祭壇の最上段から、ゆるゆると流れてくる血の絨毯が、男の爪先を濡らす。祭壇へ顔を上げる。何処かで潰れた蛙の鳴き声を洩らす教祖の声。]
[本物の絨毯を歩むように、そっと、一歩ずつ階段を登ってゆく。凝固するにはまだ早く、粘度のない血が一歩ごとに足裏を濡らす。]
これ、匂い。
[途中で踏み付けたのは双眸を真横に切り裂かれた教祖の身体。ごつりという音がしたし、感触からは頭も踏んだのだろう。]
可哀相、だった、
[匂いの元に近づき、血の広がる床を探る。]
――砂塵の街・宿の窓辺――
おやん
ほんとうに随分とサービスがいいらしい
[膨らんだ衣服越しに触れられる脚は、
前日の浅い疵が心地よくひりつく。]
仕込んだオトコを褒めるべき…?
[灼熱抱く身に、女がいつまで
触れていられるかは知れず――
笑みの曖昧さを追求する野暮は犯さずに
…やがて身体の芯へ辿り着く手指に任せ]
[軽業師が触媒の入った馬銜を外した口唇に
触れられるのを酷く嫌うことを知った上での
仕打ちは、溜息を堪えることで受け容れる。]
…そうだっけ
[どうしてと何より瞳で問われても応えはない。]
笑われたいやつばかりだな
ん
[絡みつく艶は、視線とも肉ともつかず。
香りばかりはクレオソート臭がかき消す。]
たとえばこういう殺し文句、
お嬢ちゃんも…使うんじゃないかい
[微笑みにかかる女の黒髪を片手に掴むと、
覗き込む己が面へ向けてくっと仰向かせ――]
[黒髪を掴む五指を緩める。
夜風を通す態で、一度梳き流す。]
今夜は俺に任せて
…休めて
[「休んで」でなく「休めて」と。
身体をとも心をとも省く*意は*]
[見上げさせる面持ちは、
笑みを薄うく広げていて]
…『 普通じゃ だめなの 』ってね
[尖らせた舌先に沿って どろぉ と
300℃超のコールタールが、娼婦の美貌へ
艶かしく迸る軌跡を――――*描いた*]
[血塗れの袋を片手に街をさまよい歩く。
ウルスラとの待ち合わせ場所は何処だったか]
・・・アの阿婆擦れ、連絡つかないネ。
生首持て待つ身にもなてほしいヨ。
[無線機を鳴らせど応答は無く。
久しぶりの大口報酬で随分豪勢なバカンスが出来るだろう。
それでも余った分はどうしようか――
そんなことを思いながらも、待ちぼうけの苛立ちは隠せない。
ウルスラの置かれた状況など、女は知りもしないか**]
他にもいるのね。
私みたいな、馬鹿……。
[男の言葉に、苦い顔のまま笑う。
髪に感じる熱。梳き流された後に残るのは、仮面を脱ぎ去った少女の顔]
[休めて、と。
言葉を紡ぐ男の真意は判らない]
―――……。
[だけどその言葉に従う様に。
ゆっくりとそのまま、眸を閉じた]
仕込んだ男はもういないわ。
[蝮の娘となった時に、身も心も喰らってしまったから。
男の中心から手指を離し、薄く笑うその舌から零れ落ちるどろりとした赤黒いシャワーをうっとりと見上げて]
男って、本当に――……。
[その言葉の続きは発せられないまま。
悲鳴を飲み込む音と、肉の焦げる嫌な匂いだけが小さな部屋を満たして**]
[掌と指が、鳩尾の辺りから胸部、鎖骨、首と辿り――首から上がない事を知る。次は両手で、首から肩、腕部をなぞり、腰から脚、爪先へと、輪郭を辿る。
周囲の切れ切れの音から拾い上げ、意味らしきものに繋ぎ合わせれば、生贄の少女は、神に捧げられる前に、教団に仇名す者(或いは別宗教者からの刺客)により、呆気なく殺されたのだという事。]
……―――……
[音を洩らす代わりに、頷くように頭が揺れた。]
[頭がないから、涙を零していた事は知らない。
頭がないから、脳を食べる事もない。]
……―――――…、
[生贄としての衣装。其れは一般人が身につける物よりは上等な仕様だろう。喩え教祖が偽りの教えを掲げていたとしても、狂信の徒達が、神の生贄に相応しいよう装わせたに相違ない。
そんな事は知らず、手触りの滑らかを指先に感じながら、少女の衣装を破き、唇を開いた。]
[舞台上の演劇を、舞台下の舞踏を、コンクリートの壁影に隠れ見詰めている。
赤く濡れた浄化の翼は遥か高みへと消え。
その矢を受けた獣人じみた空腹人はどうしたか。
天使へと、無為から作り出す武器を投げつける両目を隠す男が段上へ――
生贄になるはずだった首無しと、瞳を切られ醜く呻く教祖は、その後どうなるか。
そんなことは、『カレワラ』の知った事ではない。]
……まア。
ここまで出来たナラ、花丸ヲやるヨ。
[滅茶苦茶になった儀式、救いを無残に潰された群衆は、混乱を抱えて悲観するしかないのだろう。]
特に、アノ天使が殺ッテくれたのが最高ダナ。
[弱者を突き落とす救いの手を思い出し、にたりと哂う。]
しかシ……
もし対立デモすることになれば、厄介ナ。
[その惨劇を演じた者達。
サーディはまだ良い、怪我を負い退いた天使も。
同じく怪我を負った獣と、人ならざる不可解な能力を見せ付けた二人組みは、三白眼には己の理想を叶える危険以外には映らない。
力ある者が生き残る。
それが真理だと思うも、こちらにだって、何をしてでも叶えたい願いもあるのだ。]
[皮膚を突き破り、殆どついていない脂肪の層を破り、その下の繊維ごと噛み千切る。]
いた、だき、ます。
[それから、思い出したように、
ベルンハードの食事前の挨拶を真似する。
両手を屍体の両側に付き、ぴちゃり、ぐちゃり、と音を響かせながら、食餌を。**]
[研究施設での暗澹たる刻が、血の色で塗られてゆく。
四つん這いになり喰らう姿は、情報屋に捉えられているかまで、男が知る事はない。*]
[馬鹿な鳥が悲鳴をあげて逃げていく、いい気味。
しかし、マティアスの能力には驚くばかり。物を変化して飛ばす、まさに人外人知の及ばない力。
家を探すまでの間、途中でお腹が空いたら食べてやろうと思っていたが、下手すれば返り討ちに遭いかねない。
形容し難い恐怖にぼうぜんとしていたら、傷口をペロリと舐められた。]
う…、んあ、何する。
[異形の身体を震わせる。相手の意図が分からず、恐怖が増幅されていく。]
[舐められた傷口、腕を引っ込め、半分涙目になり、あふれる感情を物にぶつける。]
うあ、うあ…、怖くなんかない!怖いなんて僕には分からない分からないんだからー。
[腕をぶんぶん振り回して、辺りの物を破壊する。それに巻き込まれた人間はご愁傷様だが、同情する人は誰もいないだろう。]
[長すぎる腕を振り回しながら暴れているが、傷口から腐臭と共に組織が剥がれ出す。身体を維持するには、捕食が必要だ。辺り一帯は形容し難い悪臭が充満する。]
餌…、餌…、お前もお前もお前もみんな餌だ!
[変化を解いて、辺り構わず人間を襲い食い続ける。いつものように食事に感謝する事もなく、只々飢えに対抗する為の捕食。]
喰ってやる、みんなみんな!
[そう、マティウスだって。こいつは【食べても大丈夫な肉】だ。喰う時までは仲良くしてやる。]
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