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……うさぎ?
[覚えのある品々の中に、覚えのない動物が居る。
さかさかと動くその白いものをじ、っと見詰める。]
ね ねえ、うさぎさん。
さっき海辺で聞いた話だけど――
[目測を誤っただの、念がどうだの。
まるでこちらに気付かぬかのように首傾ぎ独り言を吐いたのち振り返ったうさぎは、またも一方的に捲くし立てて走り去った。
薄ぼんやりとぼやけて見えるその輪郭に目を細め、ふうと息をつく。]
時空の狭間に落ちちゃう、って。
何か凄いことさらっと言われた気が、するー…
[それがつまり何を意味するのかまでは分からないし、見ず知らずの少女の気配がひとつ消えたことも知らない。
けれども、「ワスレモノ」の重要性がまたひとつ増したのは確かなようだった。]
─ 海岸神社 ─
[石段をゆっくり上がり、たどり着いたのは古びた神社。
4年ほど前だったか、不審火で焼け落ちたと聞いたそれは、記憶にあるのと変わらぬ姿でそこにあった]
……こうやって、なくなった、って聞いたもんと出くわすと。
ほんとに、10年前なんだなあ、って思っちまうなぁ……。
[昔の遊び場の一つの変わらぬ姿に、ふと滲むのは、苦笑]
―街、美容室―
「だってぇ。どーせかたづけても人来ないしぃ?お客さん、隣町のでっかいお店に全部取られちゃったじゃないですかぁ。」
[店の中、現れた「自分」に、派手な化粧と髪の色をした後輩が舌足らずな声で話しかけている。]
「けどねー。それでも来てくださるお客さんいるし、それに、さぼりは店長が許さないと思うなー。」
[それに対し、「自分」が、乱雑に置かれた週刊誌を本棚に並べ、店の奥を見ながら言う。]
ヒントくらいあってもいいんじゃね、ってのはあるぜ……覚えてない、ってからには、なんかあるのかもしれんし。
[それこそ、精神的な要因が何か、と。
そんな事を考えつつ]
……ま、会ったら会ったで、フクザツっていうか、びみょーっていうか……な、気がするけど。
─ 海辺の道 → 風音荘 ─
……何だってのよ、いったい。
えぇ、と…時計と相互干渉してたから呼び込まれて、たとか言ってて…
で、力をもらうと…って言ってた、から。
誰か時計に力をあげた人がいて、で、その人は空間の狭間に落っこちた…?
[困惑したままに、兎の言葉を反芻する。
情報を噛み砕いて理解に至ると、青ざめて。]
…それって、すごい、大変なんじゃ。
[ずくん、あの浮遊感にも似た感覚を味わった時から続いている気持ち悪さが強まった気がする。]
「どーせてんちょーも、お客さんこないとこっちこないでしょー。そうそう、それよりもヒナさん、前からみんなで気になってたんですけどぉ、」
[からからと笑って受け流しながら、いきなり話題が変わる。]
・・・!
[この続きを、自分は知っている。聞きたくなくて耳をふさぐが、それにもかかわらず「声」は耳に入ってくる。]
[帳面を1つ手に取りページを捲る。そこに連なる文字は、人の名前と病気の症状、それに対して出した薬について等、様々なことが書かれていた]
…じぃちゃんの字だ。
え。もしかして、これ全部こう言うことが書かれてるのか…?
[開いた一冊を手にしたまま、並ぶ帳面とノートに視線を転じる。これらは言わば客の治療歴のようなものらしい。この薬では効き目が薄かったから、今度はこのようにしてみた、なんてことも書かれていた]
じぃちゃんもしかして……店に立ってた時、ずっと欠かさず記録を…?
[思わず視線が背後の座卓へと向く。そこはいつも祖父が座っていた場所。その座卓は今、自分が部屋で使っていた]
……───え。
[視線を向けた先で、ぼんやりと、座卓の前に人影が浮かび上がる。その後姿に見覚えがあった]
じぃ、ちゃん?
[呼びかけるような、問いかけるような声。そんなに小さくもないそれに、祖父は反応する素振りは見せない。ただ黙々と、座卓に座って何かを書き記しているようだった]
なぁ、じぃちゃんって。
聞こえてんだろ───。
[会いたかった姿を見つけて、足早に傍に寄って祖父の肩に手を伸ばす。けれど、掴もうとした手はするりと祖父の身体を擦り抜けて行った]
っ!
……そっか、10年前の姿だから───。
[触れないし声も届かないのか、と。話も出来ないのだと知り、表情に落胆の色が落ちた]
「再婚、しないんすかぁ?もったいないですよぉ。ヒナさん、美人なのにー。」
[瞬間、「自分」の笑顔が明らかに凍るが、]
「んー。私をもらってくれる相手がいないからねー。」
[軽く受け流そうとする。]
─ 海辺の道 → 風音荘 ─
あぁもう、何なのよ…
[何だか胸が、おなかの中がムカムカする。
食べ過ぎた時みたいだと思いながら、あの兎に思考を戻し。]
…あの兎さん、なんか…
[感じが変わったように思う。
そう口にしようとして、思い返した兎の言動に誰かの影が重なった。]
…あぁ、そっか。
なんか親父に似てるんだ。
[いっぽー的な物言いとか、こちらの都合関係ないところとか。
嫌なところと重なった、とげんなりして肩を落とした。]
[けれど、]
「またまたぁ。わかってますってぇ。前のダンナサンのことが忘れられないんでしょー。
こーつーじこでしたっけー。」
[うんうん。
いかにも「同情していますよ。」という風に、彼女たちがそろってうなずく。]
[ヒントについては「だなー」と同意を向けて]
10年前よりは老けてるしな…気付かれないとかあったらショックだ。
[そう返したのは祖父の姿を見る前のこと]
あとあれだ、自分自身に会っちまったら何か変なことになりそうじゃね?
昔は、よくここに来たっけ
[神社を背に、海の方を向く。
海は静かに、青く、揺らめいていた]
やっぱ、ここから見える海が、一番いいいろしてるよなぁ……。
─ 海辺の道 → 風音荘 ─
…いつからだろうなぁ。
[昔はそんなじゃなかった。
どんな話でも聞いてくれて、何でもまずこちらの言い分を聞いてくれていた。
それが今みたいに変わってしまったのは、いつからだったろうか。]
…あたしが小学校入るくらいまでは、違ってた。
って、ことは…10年くらい前、だから。
…ちょうど、今いる時代?
[思い返したことを口に出して、妙な符合に眉が寄った。]
あー、それはあるわな。
見た目はだいぶ、変わってるわけだし。
[うんうん、と頷いて、それから]
……ってか、それは考えたくなかったぞ、俺。
10年前の自分に会うとか、びみょー通り越してるだろ。
「けどさぁ。もう5年でしょー?
やっぱ、いつまでも引きずってないで、いいかげん新しー恋始めるべきだと思うんすよねー。
もったいないですよー。
だって、こきょーからカレシも追いかけて来てんでしょー。いつまでもほーちしてると、かわいそーですよー。」
[たまたま見たことあるんですけど、イケメンですよねー。
続ける彼女の言葉に、]
「あの人は、彼氏じゃないよー。ただの幼馴染。夫を亡くして生活が大変なのを気遣ってくれているだけ。
その中に打算や恋愛感情なんて一切ないよー。」
[作り笑顔で苦しい嘘を吐く。]
想いガ、強カッタカラ?
[兎の言葉が相変わらず意味不明]
ソレデ、お嬢サンは無事なのカネ?
[問いもあっさり無視されて、職人は眉を下げた]
ヤレヤレ、のんびり懐かしがってモ、いられナイらしいネエ。
[覚えている。何かと世話を焼いてくれていた彼に、「前の夫のことを忘れることはできない。貴方に恋愛感情を持つことはできない。一緒になることはできない。」とはっきりと言ったことを。そして、彼はそれでもいいから通ってもいいかと聞いてきたことを。それを許したことを。]
「えー。そんなはなしありますー?」
[やはり彼女たちは懐疑的で、]
「あ。そっか。みーちゃん、でしたっけ?
あの子が嫌がってるんでしょ。だから結婚できないんじゃ・・・」
[一人の言葉に「ああそうか。」と全員がうなずく。]
「みーちゃんは関係ないよー。それよりも、エミちゃんはどう?最近、彼氏さんとうまくいってる?」
[いい加減嫌になってきたところで、「自分」も話題変換を図り、そして]
「そーそ、きーてくださいよー。カレったら・・・」
[成功し、愚痴という名ののろけ話が始まったところで、だんだんと「自分」たちの姿が薄くなり、声も小さく消えて行った。]
……今、ここで絵、描いたら。
それ、持ってけんのかな。
[しばし海を見やった後、口をつくのはこんな呟き。
それから、軽く首を振る]
つか、描いてどーすんだよ。
大体、描いたって、見せる相手は……。
[いない、わけじゃ、ない。
貢も六花も見たいと言っていたし。
まあ、今ここで絵描きなどしていたら、貢には確実にイイ突っ込みをもらうだろうが]
…………。
[自分で言って、自分でつけたオチ。
何となく、それは引っかかって。
けれど、なにがどこに引っかかったのかが、今ひとつ掴めなかった]
・・・なんなの・・・
[ふらふらと店から出る。]
「思い出」って、これのこと?これが、私が思い出さなきゃいけなかったことだとでもいうの?
[そんな馬鹿な。
そして、それを思い出したからと言って、なんになるというのだ。
この場に連れてきた変な生き物に文句を言いたくなった丁度その時、]
[カツン、とステッキを鳴らし、職人は、傍にいる二人の若者を振り返る]
ドウヤラ、ここに居るのは、ミンナ、ワスレモノをした人ラシイ。
ソノ中に、鍵と螺子も隠れてイルかもしれないヨ。
ワタシは、ワスレモノだらけだけれどネ。
[そう言って笑うと、二人の顔を交互に見た]
キミたちは、何をワスレテいるノかナ?
─ 海辺の道 → 風音荘 ─
…あたしの…ワスレモノ。
[父親の変わった理由が、そうなのだろうか。
解らない。
新しい困惑に小さく頭を振って。]
…まずは、風音荘に戻ろう。
[ここで考えていても、答えは出なそうで。
まずは、気がかりを一つずつ潰していこうと、足を進めた。]
─ →風音荘 ─
…じぃちゃん、何書いてんだろ。
[自分に背を向けたまま、黙々と何かを書き続ける祖父。どうせ気付かないんだからと横から覗き込んでみたが、何故か影になって内容を読むことが出来なかった]
ちぇ、見れねーとかなんだよこれ。
……ん?
[覗き込む姿勢から背筋を伸ばして、つまらなそうに唇を尖らせる。視線を別へと向けた時、座卓が置かれている側の壁に張り紙があることに気付いた]
「薬師の道は日々是精進」
………なんだこりゃ。
つか、薬師って───……あれ?
[訝しげに眉根を寄せたあと、何かが引っかかり僅かに首を傾ぐ]
…そーいや、前に何か聞いたことあるな、このフレーズ。
他に続きがあったような……。
[うーん、と唸って腕を組み、どうにか思い出そうとするも、すぐには出て来ない。その間に祖父が書き物を終え、書き留めた紙を封筒に入れて封をし、傍にあった小箱に封筒を仕舞いこんだ。その作業の途中、封筒の宛名が目に入り、あ、と小さく声を漏らす]
俺宛…?
貰ってねーぞ、あんな封筒。
あっ、待てじぃちゃん!
俺ここに居るんだからそれ寄越せ!!
[祖父は小箱を手にすると立ち上がり、どこかに持ち出そうとしているようだった。思わず声を上げるが、それが祖父に届くはずも無く。こちらへと向かって来た祖父が目の前で掻き消えるのを呆然として見るだけになってしまった]
…………結局、なんだったんだ。
[10年前の自分が知らぬ出来事を垣間見ることは出来たが、それが何を意味するのかまでは判明せずに終わった]
……ワスレモノ……か。
[何となく、心の内側に生じたもやもや。
これが、ワスレモノに関わるのか、と。
そんな事を考えつつ、神社の方に向き直る。
ここは確か、海の安全を護る土地神か何かを祀っていた神社で。
伯父が神主をやっていたから、その縁で掃除やら何やらにかり出される事はよくあった。
その時は大抵、いとこたちも一緒にいて──]
だよなぁ。
自分と会話するとか想像つかねー。
[そんな会話をする間にも、目の前では例の光景が進んでいて]
あー……なんっか、遭遇の心配はしなくて良い、のかも。
いや、これ俺だけなのかも知れないけど。
……今さ、死んだじぃちゃんが居たわ。
声かけても気付かなかったけどな。
[ぽつ、と。と言うには長いけれど。ほんの少しだけ気勢の落ちた声で今体験したことを祐樹に伝えた]
はぁ・・・
[帰るどころか、別の場所に閉じ込められるかもしれない。そんな話を聞かされて、それでも、やはり「ここ」で「何か」を見つけるしかないようで、その場に立って思考をめぐらす。]
10年前・・・
ワスレモノ……わたしの、忘れ物。
この位の頃って、確か―――
[大分歩いて来たからか。背にした海は、住宅地の隙間に小さく煌めいて見えるだけ。
振り返ってその碧を瞳に映すと、きゅ、と、肩のバッグに添えた手に力が入った。]
[けれど、]
なんで、15年前や6年前じゃないのかな・・・
[やはり引っかかるのはそこで、]
昔から辿って行った方がいいかな・・・
[ポーチからメモとペンを取り出した。]
……そういや、行ってねぇなぁ、墓参り。
[昔の事を思い返していて、ふと、ある事実に気づく。
同時、浮かぶのは苦笑。
一つ息を吐くと、さっき兎の登場で吸いそびれた煙草を改めてくわえて、火を点けた]
15年前の5月、交通事故・・・
[そこは思い出したくもないから、さらっと飛ばして、]
故郷にい辛くなって、こっちに引っ越してきて、それで・・・
[居場所を伝えたのは自分の家族だけだったはずなのに、わずか1ヶ月後、幼馴染が追いかけてきた。]
最初は、すぐに追い返したんだよね・・・
[何を思っていたのか丸わかりだったから、はっきりと、帰れと告げた。]
それができれば、もしかしたら一発解決かも知れんけどな?
[冗談めかした口調で言うものの。
続けて伝えられた、貢の遭遇した状況に軽さは失せて]
お前の、じーちゃん?
そっか……気づかれない、か……。
[気勢の落ちた声に、なんと言っていいかわからず。
続いた言葉は、やや、途切れがちになっていた]
─ 風音荘 ─
…戻ってきた、はいー、けど…
[10年前のこの場所とは縁が無い。
ここに戻るまで誰にも会わなかったのだから、多分いないとは思うのだけれど。]
10年前の人がいたら、あたしってただの不審者じゃない?
[そう思うと、玄関をくぐる勇気がもてなかった。]
なのに、
[彼は諦めなかった。「それでもいい」と、近くに部屋を借り、毎日、片道3時間かけて会社と家を往復していた。]
ただ迷惑でしかなかったんだけど・・・
[いつしか根負けして、彼を家に招き入れた。]
[>>88ズイハラの言葉におもわずくすりと笑がこぼれる。]
ほんと、そうですねぇ。
消えちゃった子も、私たちも、結局私たちがワスレモノ、見つけないといけないってことなんでしょうか。
[一体何人いるのかなんて分かっていやしなかったけれど。]
わたし、風音荘に戻ってみます。
[そこかしこに友人の面影は眠るけれど、色濃い場所はやはりあの下宿だろう。
10年前ということに意味があるなら、きっと彼女にまつわることなのだろうと思ったから。]
どうして人って忘れちゃうんでしょうね。
忘れたいわけじゃないのに。
[>>94ちょっぴりふてくされたように、困ったように頭をこつんと叩いてみせた。]
『高校は、普通に進学して。大学は?その後は…?
美大…じゃあ、奨学金は難しいのかな……』
『………。そうだよ ね。
これからは独りで立たないといけないんだから。しっかりしなくちゃ。』
[寄せては返す波の煌めきに呼応するよう、ざわざわとした雑音が響き始める。
聞き覚えのある声のうち、一際近くに聞こえる声は、自分自身のもの。]
『提出期限?
…うん。明日なの。』
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