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─その頃の運転席・10分前─
[運転士のおじさんと、ミズノフスキー閣下が、ウンコ座りで紙巻きタバコをくゆらしている]
でね。わし取られちゃったのよ。護衛対象のお宝。もう面目丸つぶれ。部下は使えないしさ〜
[愚痴は続き、運転士が涙を浮かべ始めた頃]
だからさ、ひと芝居打とうと思うわけ。
協力してくれない? ぜぇぇったい迷惑掛けないから!
[運転士と固くハグ]
いやぁ、人情って、ほんっとに良いもんですねぇ〜。
[そうして、入口にレンチを引っかけ、自作自演が始まる。
入口はふさいだけど、窓はあるし、線路下からも天井にもハッチはあるし、いろいろ穴だらけではある**]
―少し前、閣下のコンパートメント―
[ごてごてとゴシック風の格子の装飾がついた天井は、幸いにして手がかりが多く、「閣下」が居眠りを始めるまで持ち堪えることができた。]
(ふぅ〜、こりゃ明後日には節々が痛むぞ…。)
[などと考えるが、捕縛されるよりは遥かにましだ。
かくり、と肉の厚い顎が落ちるのを確認して、とす、と猫のように着地する。
と、ふと顔を上げた、ちょうど目線の高さに「閣下」の顔がある。
いつか新聞の写真で見た、そして出立の時にちらりと見ただけの顔であるが、長年絵画を扱って来た目が告げる。]
―こりゃ、贋作だ。―
ブルータス、お前もか。
一体何人、競合相手が乗り込んでいるかわかりやしない。
さてどうする、この男、偽者とあれば起こして話を聞いてみたい気もするが…。
とはいえ、「閣下」だものな。騒がれたら、ちと面倒か。
[と声には出さず呟いて、静かにコンパートメントを後にする。]
[さすがに痕跡を消す余裕は無かったが―、短時間のうちに捜索はあらかた終わっていた。
ここに「財宝」は無い。―少なくとも画商の目指す物は無い。]
(わしの目指す物。)
[それを想う時、画商の脳裏には、一人の少女が像を結ぶ。]
―回想―
[落ち着いた色彩の、豪勢な、それでいて趣味の良い部屋の中。
一人の少女がイーゼルに架けられたキャンバスを前に佇んでいる。
そこに架かるのは、レンブラント風の、光線を駆使した柔らかな少女の肖像。]
どうした?気に入らないのかい?
[問い掛けに、彼女は振り向く。
それは、キャンバスの中にあるのと同じ顔。
ブロンドの、真っ直ぐな髪が縁取るその顔は、愛らしく、はにかんだ笑みを湛えているが、どこか寂しげだ。]
「いいえ、とても綺麗。
でも、ちょっと綺麗すぎて、わたくしじゃないみたい。
ねえ、次はあなたご自身のタッチで描いてみて下さいな。
―おにいさま。」
―現在・一等3号車付近―
[「閣下」の帰還に警戒態勢が解かれたか、不思議な事に無人の2号車通路を抜けて、3号車へ…。
入ろうとする所に何か気配を感じてふと目を上げる。
―と、列車の屋根の、「ニンジャ」のような小さな影と目が合った。]
さてもさて、3人目なり、ブルータス。
…いや、正確には何人かな?
[と、相手の目を見て話し掛けると、そのまま細い足首をむんずと掴んで抱きかかえるように引き下ろした。]
[頭巾を剥ぎ取ってみると、それは果たして食堂車で乾杯し合った少女その人。
怯える瞳に画商が映る。
顔立ちも、髪の色も、丸で違うが。
同じ年頃に、追憶の中の少女が重なり、ところどころ煤けたその顔に、ふと眼差しが柔らかくなる。]
まてまてまて![逃げ出そうと、もがく体を更に力を込めて抱きすくめる。]
乱暴はせんよ!ふむ、先ほど占いのマドモアゼルには振られてしまったようだからな。
どうかな、君はわしと協力せんかね?**
これは…。
[二段ベッドの上にあれやこれやとぶちまけられた荷物をみて、思わず溜息。]
本人が散らかしたのか、
賊が侵入して荒らしたのか、わからないじゃない。
[大げさに肩を竦めながら、
ベッドの上を覗き込んでガサゴソと。]
あら…?
[彼の左腕にあった青い兎とお揃いの桃色兎が、
手荷物の中からこんにちは。]
こんなところで、かくれんぼ?
[ちょんと兎をつついて、]
お友達は行ってしまったわよ。…寂しいわね?
[そう声をかけながら、兎と共に部屋を後にした。]
―三等客車―
[何かの影が車窓に過った様な気がした――。
窓を開けると肩に掛けていた黒い薄いショールが、女の肩からフワリと浮き上がり、後方へと飛び去っていく。
それは何かを暗示する様に――。]
あら、残念。
[もう見えなくなったショールの行き先に目をやり、小さく呟く。
そして席に座ると、返して貰ったカードを元に戻そうとすると、一番上にあるカードは、
――『LA PENDU-吊られた男-』
その表情は無念そうに見える。]
さて、星の道筋はこれをどう読めと言うのかしら。
[協力者から得た貨車の話と共に様々な道筋に思いを巡らせる。]
それにしても私もそろそろ動かないと―…‥
[そう呟くと、廊下の粗末な更衣室代わりの一角で、身支度を整える。
一見変わらないが、何かがあった時は身軽に動ける様に、脱ぎ去り易い上着に着替えて、スカート下のガーターには香と薬をを入れているピルケースを忍ばせる。
最後に右手の薬指に意匠の凝らした金の指輪。]
これで服装はいいわね。
さて仕上げは―…‥
[化粧道具を取りあげて、ゆっくりと白粉を塗り、頬紅をつける。
少し迷った様に指先を動かして、仕上げとばかりに深い緑色のシャドウと紅を、そして最後に媚薬の入った甘い薔薇の香水を少し腕に垂らす。
―そこに居るのは神秘的な占い師では無く、一人の女。
そうして、占いの道具を携えて、優雅に一等客車の方へと向かう。]
秘宝を手に入れるまでは、この私は夢の私。
夢の中で兎の夢を見ていた坊やは、本当の自分を見つけたのかしら?
夢か、現か、幻か――。
貴方の運命の糸を手繰る為に、夢を渡りましょう。
そう言った事もあった―…‥。
でもそれは偽り事。
私はいつも偽わるわ。
私が知りえる事は、いつも人づて―…‥
だから今回は、私の手で掴みたいの。
―何かを。
[連結部分に立っている女の独り言は、屋外の風の音にかき消される。]
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