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― 病院の屋上 ―
潮風、きっついなあ
[風に靡く髪をうるさそうに払う。風は冷たく、それでも此処から見える景色は]
シキ、あんたもここからの眺め、好きだった?
[素晴らしく。
妹に会うことのなかった姉は、けして妹が見ることのなかった景色を、眩しそうに眺めていた]
病院受付
[去っていった見舞い客の残した憂いが
12月の冴となって病院内を包み込む。
それはほんの少しの寂しさと
同じだけの優しさを孕んでいるような気がして
故に、警備員の男にとって
そう、悪いものとも感じなかった。]
501号室
[内科病室内、しわくちゃの老女の手をそっと掴む男は
うん、うん、と老女へ相槌を返し
時折、目を細めて笑った。]
おお。嘘じゃねえよ。
今やってる仕事が上手くいけばよ
あいつら迎えに行くからよ
そんな心配すんじゃねえ 母ちゃん
じゃあな、また来っからよ
それまでに身体治せよ、母ちゃん
[皺の多い、苦労の後の残る指先を
老女の腹部へと添え、
男は病室を後にした。
蔵作の母は末期の癌である。
御年80をとうに越えた彼女は痴呆も入り
息子の声に少しばかり、頷いて反応を返すのみだった。]
あー…、煙草…
[病院の、淀んだ空気が嫌いだった。
それでも、なんとなく母の元へ足を運ぶ。
いつ逢えなくなるのかわからないから。
いつ喪うのかわからないから。
なくしたものは二度と取り戻せないと
この歳になって、漸く気づいてしまったから。]
屋上
[病院の屋上で、冷えた空気に身を晒す。
外仕事に慣れている所為か、さほど寒気を感じない。
取り出したセブンスターの本数を数える。
残りは5本。大事に吸おう。
ぼんやり思案し、先端に火を*点けた*]
―926号室―
[かみさまがいなくなって、どれだけ経ったのでしょう
いまのわたしには、それもわかりません
わかる事は、座っているベッドがかみさまといた時のものよりも硬くて冷たくて、それからひろいということくらい
それがちょっぴり寂しいなって思いました]
[窓からそとを眺めました
ここは高いところにあるみたいで、とてもけしきが綺麗だと思います
でも、かみさまはきっと、もっと高いところにいるのでしょう
わたしもかみさまの所へ行きたいと思いました]
[昨日は、四人もわたしに会いにきてくれました
だけれど、ごめんなさい
わたしにはもう、あなたたちの名前がちゃんと思い出せないのです
なんて呼んでいたかは、覚えているのに]
[こんな風に少しずつ、きえていっているのです
毎日、ちょっとずつ、わたしがきえていくのです*]
[海の歌が聴こえる。
賑やかなあらゆるものは私を避けて過ぎ行き
残されたものは静かで平らな毎日。
此処にあるのは
遠くの波音と車椅子が軋む音だけ。]
896号室 ひとりきりの部屋
[真っ白な部屋の窓際。
膝に乗せた青い表紙の日記帳を撫でて。
その、海とも空とも似ていない
つまらない青色を指の先で愛しんで。
私は、そっと世界に幕を下ろす。
そして閉じた瞼の内側に砂浜を描き。
空想の中へと、駈け出した。]
[思い描いた空想の正体はきっと、
本当なら私が歩むはずだった未来の画。
瞼を持ち上げて、世界をみつめて。
冬の砂浜で犬と一緒に走る午後を、
日記帳に書き留める。
嘘と夢が綴られた日記帳はこれで三冊目。]
…明日の散歩は何処へ行こうか。
キミは何処へ行きたい?
[冷たい硝子窓に映る私に問いかける。
アン・シャーリーに倣ったひとり遊び。
私の<友達>には、名前がまだ無いけれど。]
― 夜中 ―
[がちゃん がちゃがちゃっ と大きな音が響く]
やれやれ、お隣さんにもまいったものだね
[介護病棟の自室のベッドの上で呟いた。
隣の老人は夜中に廊下に出ては、部屋に戻ろうとして間違えて隣の部屋をがちゃがちゃやるのだ。今日もまた目が覚めてしまった]
うーん
[眠れないながらもごろりと寝返りを打った。ここに入ったばかりのときは丁寧に、お隣の部屋ですよ、とドアを開けて対応したりもしたが、今はそれもしない]
…角部屋なだけ、良かったね
[この病院は、角部屋の窓が大きい。
もう一度、よいしょと寝返りをうって、窓のほうを見た。
隣の老人は、扉が空かないので諦めたのだろうか。
毎度の音に気づいた職員が連れて行ったのだろうか。
静まり返った病院に、わずかな潮騒が響いている気がする。
窓の外遠くに光る月が見えた**]
まだ退院できないんですか
[簡素な入院着を身に纏った男は、努めて抑えた声でもう一度問うた。答えは何度聞いても同じで、無駄を嫌う男は、医師の促すまま席を立ち]
……今後も、よろしくおねがいします
[ゆっくりと部屋を出て行った。
窓の外、はるか遠く水平線から空へ伸びる
白
途切れた青に背を向け、病室へと足を向ける]
[珈琲を啜りながら、カルテを眺める若者が一人。
次の予定はなんだったか、時計を見る。]
えーっと…―――
[首を捻り、考える。
手術は、今日はなかったはずだし。
会議なんてはいってたろうか。
どうも最近、記憶が曖昧だ。]
ま、何かあれば呼ばれるさ
[元々大雑把な性格をしている若者。
特に気にする事もなく、カルテに再び目を落とした。]
896号室 ある日の午後
[長らく役目を果たしていない両足を、
真っ白で清潔なシーツに、置く。
グラウンドを駆けた筋肉は死んで
鳥の足みたいになってしまった、私の足。
どうせなら腕も羽根になれば良いのに、
感覚の無い腿を擦る私の手の平からは
しっかり五本の指が生えている。]
…ねえ、アレをしてよ。
[病室を整えてくれる看護師の指を握り。
足の先の10枚の爪に
色を乗せて欲しいとお願いする。
今日は、赤が良い。林檎の赤。]
…でも、たぶんもう私は駄目だよ。
歩いて行きたい場所が無いもん。
[熟れた林檎色のペディキュアが乾くまで、
リハビリをしようと促す看護師と
遠くの潮騒を聴きながら話をする。
消極的な意見はお気に召さないようで
彼女の表情が曇ってしまう。]
…少しだけね。
その後で、屋上へ連れて行ってよ。
[しばらく、そうした話が続き。
根負けして、私は車椅子に乗った。
せっかくの赤い爪先を隠すのは
勿体無いから。
素足のままで。*]
[少女の心臓には爆弾がついている。
勿論それは比喩なのだけど、少女はその言葉を信じていた。
その爆弾を取り除くには、手術をしなければいけないらしい。
成功率は<54>%だと大人は言っていたけれど、少女にとってはそんなもの、実感が湧かないただの数字に過ぎなかった]
[夢を見ていた。
暗い中に、ぽっかりと明るい場所があり、その空間で老人が生い茂る草木に水をあげていた。
ああ、これもよくある夢だ。でも、いつも同じことをしてしまう]
おじいさん、おじいさん
もう私も十分生きましたよ
そろそろお迎えにきてくださいな
[老人に声をかけながらゆっくり明るい空間へ向かう。
老人が水遣りの手をとめて、こちらを見た。
そして首を振った]
― 朝 ―
[目を覚ますと、部屋に明るい光が差し込んでいた。この部屋の、朝日の当たりがとてもよいのが好きだ]
…よっこいしょ
[朝ごはんを食べに食堂へ行かないと。と洗面台に向かって身支度を始める]
豪勢な部屋だよ
トイレもあるし、鍵もかかるしね
わたしをこんなところに入れるなんて、もったいないさ
[家にいたってよかったのに。
ぱしゃぱしゃ顔を洗いながら呟いた]
さてと…
[朝食を終えるとふらりと病院棟へと足を向けた。
ここの食事は成年から見れば粗食も粗食だが、正直老いた自分にはそのそっけなさがちょうどいいくらいだった]
自分で作らなくていいなんて、豪勢だねぇ
[また呟きながらゆっくり渡り廊下を歩いていく。
昼間は介護棟でもレクリエーション的なことをやっているのだが、自分は散歩によるリハビリと称して病院棟や、庭に出るのが好きだった。
というか、レクリエーションに出るのが嫌だった]
[ここに来たばかりの頃、レクリエーションによるリハビリを職員に勧められ、目を留めたのが歌のレクリエーションだった。
これでもずっと若い頃には、満州のカフェで歌を歌ったこともあるのだ。あの頃歌ったような曲は演奏するのだろうか。
どんな人がいるのかというのもわくわくして、少し身なりを整えて会場に行き、椅子に座って開始を待った。他にも10人近くの老人が職員に連れられて集まっていた。
レクリエーションの時間になると、若い男の職員が2人やって来た。1人はギターを持っている。
『じゃーレクリエーションやりまーす。分かる人は歌ってくださーい』
やる気のない声に隣の職員がくすくす笑った。
ほかの集まった老人は、椅子に座ってぼんやりと2人を見ていた。
ギターを持った職員はその後、なにかよくわからないテンポの早い曲を弾いた。合いの手を入れるにしても早すぎてどうしようもない。
『あなにお前それ弾けんの?じゃああれ弾けねぇ?あのCMのさあ』
『お弾ける弾ける、ていうかお前もあれ好きなんだー』
[雑談しながら曲を弾きつづける2人を自分もぼうっと見ているだけだった]
ここの景色は綺麗だね…
[ふと渡り廊下から外を眺める。立つ木々は寒々しいが、ぽかぽかとした太陽が庭を照らし、遠くには漣立つ海が見えた]
― 病院棟 ―
おっとっと
[子供が走ってきたのをすっと避ける。
立ち止まってぺこりと頭を下げる子供に、いいよいいよ、と笑って声をかけた]
子供なんて見飽きるくらい見てきたのにね
[なんでやっぱり子供は可愛いのだろう。
にこにこしながらロビーのほうへ向かい、日当たりのいい場所にちょこんと腰掛けた。
雑誌がある。
ああ、虫眼鏡を借りなければ…**]
ロビー
[リハビリは嫌い。
私の足が役に立たない事を
嫌という程に思い知らされるから。
屋上へ連れて行ってと頼んだのに、
看護師は急な呼び出しに応じて
私をぽつんと残して行ってしまった。
何度も謝っていたから
許してあげる。
ひとりで行く病室への復路。
明るいロビーに響く子供の声。
小さな足音。
動かない足を見下ろして。
移動が億劫になってしまって、
そこで、車椅子を停めた。]
[外来患者で少し賑やかなロビー。
その中にあって静かな陽だまりに
ちょんと座るお婆さんの姿を見つけた。
祖母の優しくて乾いた手を思い出す。
私が入院している間に
死んでしまったお祖母ちゃんの手を。
からから…と車輪を回して近付いて。]
…お手玉を作れる?
[不躾に、声を、かけた。]
[整髪料もつけず乱れた前髪がわずらわしい。
腕から伸びた点滴も、2週間もすれば無意識にひきずることが出来るようになってきた。
外来棟から入院棟に戻り、病室へ向かう途中。椅子のすぐ傍で、立ったまま、壁に凭れ深く息をついた]
……は、疲れるなんて
情けない
[体調に不安を感じたのは、最初はいつだったか――去年のことだったように、思う。正月、実家に帰るべきかと頭を痛めていたことを、覚えている。
気のせいだと、時間がないと
自らをだまし続けたつけが、今の自分だ]
…あずきが入っていて。
ちりめんの布がさらさらしていて
懐かしい匂いがするの。
[戻ってくる声があってもなくても、
私は車椅子に座ったままで話をする。
海の音は
あずきを揺する音と
少し似ているなって考えてみたり。
お手玉があったら
少なくとも両手は退屈しないと
少し期待をしてみたり。]
あのころ
[女房と出会ったのは飲み屋だった。
とある離島から集団就職で上京した兄に呼ばれ
母と妹、弟と慣れ親しんだ島を離れたのは
中学を卒業する前だった。
もちろん、学校へ通う金などなく
兄の塗装の仕事を渋々手伝って成人を迎えた。
飲み屋で出会った女は、人妻だった。]
[結婚した瞬間に、父親になった。
三歳になる女の子は俺を「お兄ちゃん」と呼んだ。
「パパのところにかえりたい」と言うので
「パパはお仕事だから、
お兄ちゃんが「お父さん」になってあげるよ」と言ったら
にこにこと喜んで飛び跳ねていた。
実際、「パパ」は仕事と女遊びで
家庭を顧みなかった男らしい。
娘はすぐに懐いて「お父さん」と呼んでくれた。
女房は「ママ」のままだった。]
[それから二年後、血の繋がった娘ができた。
赤ん坊を抱いた瞬間の幸福感を
忘れることはないだろう。
兄と仲違いし、塗装屋を独立させたのもこの頃だ。
家族を養うことの喜びに溢れていた。
それと同じくらい家族に触れ
絵を描くのが好きだった。
だから一件塗り替えの仕事を終えると
その金が無くなるまで、仕事をしないサイクルだった。
生まれたばかりの赤ん坊と女房を、写真へ収める。
現像した写真を見ながら、油絵を描くためだ。
「お父さん、あたしも撮って」と
駆け寄る義娘が煩わしくなって
蹴り飛ばした。
血の繋がりが、愛おしい頃だった。]
[短い時間だったけれど、
日差しの中で懐かしい時間を持てた。
嘘でも夢でも無い本当の思い出。
私の中にあった思い出。
腿を擦って、からりと車輪を回した。]
…また会える?
[お婆さんに訊ねて、
叶うなら「またね」の約束を交わし。
私は、ロビーから離れる。]
[時は流れて、義娘の下に三人の娘ができていた。
家族が増えても、仕事のサイクルは
相変わらずだった。
金がなくなると、女房を夜の仕事へ出させた。
絵を描き、娘達と遊ぶ時間だけが楽しみだった。
此方の表情を窺う義娘がかわいそうで
時折、学校の宿題を見てやったりした。
けれど、夜居ない女房の代わりに
家事が出来ていないと、義娘に手を挙げた。
口答えする女房を、何度も殴った。
仕事をしなければ。
けれど、俺がやりたいのはこんな仕事じゃない。
ジレンマで増殖するフラストレーションを
家族へぶつける日々が、続いた。]
ふぅ…
[立ち上がると、近くにあった窓口の老眼鏡を少し拝借する]
ふむ、いい塩梅だよ
[試しにかけて、窓口のチラシのようなものをじっと見る。文字はまだ小さいが、何とか読めた。
眼鏡を手に取ると、もう一度同じ場所に向かい、腰掛けた。
しかし雑誌をとりに行く前に少し陽だまりの中でぼんやり一息ついていたとき、目の前に車椅子の女性が近づいてくるのが見えた]
? こんにちは
[まっすぐ自分に向かってくると見える彼女を、不思議に思いながらも挨拶をした]
…お手玉 そりゃあ作れますよう
作れるけど…、お嬢ちゃんが遊ぶの?
[何しろ散歩に出ない間は部屋で無心に縫い物をしているのだ。
最近は目が悪くなり、縫い目が粗くなったものの、まだまともにできるものと言えるだろう]
いまの若い子はあれじゃないのかね
ディーエスとか
[自分にしてみれば10代も20代も同じだ。
さっきぶつかりそうになった子もなにかそれらしき機械を持っていたし、ある程度成長した孫も遊んでいた気がする。
お手玉を求める彼女を不思議そうな顔で見た]
[あずきが入って…という言葉に、ああ…と目を閉じる]
そうだねぇ、上げるとじゃらって音がするね…
そうだねぇ、よく遊んだものだよ…
[一時、もう遥か昔、田舎の山の夕暮れが瞼の裏に浮かぶ。そしてふと目を開けた]
そうだ、はぎれが少し持ってきたのがあったね
茜色のちりめんと、紫色のがあるよ
あずきは…職員さんに買ってきてもらいましょうか
[自分でもすっかり乗り気になっていた]
うん、作れますよ
わたしの作ったのでよければ
廊下
[長い廊下を車椅子で進むのは一苦労。
腕の力も随分と落ち込んでいるみたい。
休憩に停まった窓際で、
先程の、お婆さんとの話を思い出す。
柔らかな声が耳に残っている。]
回想・ロビーで
…そう、私が遊びたいの。
おかしい?
[十分に大人の顔つきをした私は、
少しだけ気恥ずかしくて
そろりと両肩を上げて首を傾けた。
ゲーム機を欲しいと思った事はない。
小さい頃から
外を走り回っている方が好きだった。
体を自由に大きく動かすのが好きだった。
お手玉やけん玉やコマ回しも。
とても好きだった遊び。
だから、作ってくれると言って貰えて。
とても久しぶりに笑顔になれた。
茜色も紫色も素敵だと喜んだ。]
[微笑んで頷いた。彼女は欲しいと言っただろうか。
また会える?との問いには]
わたしはここにいますよ
このあたたかーい場所がわたしの定位置なんです
[とまた少し微笑んだ]
また会いましょう
えーと、…
[名前を聞けば、呼んで、座ったまま、去る彼女に小さく手を振った]
…足が悪い子なんだね
若いのに、難儀だよ
[彼女が去った後、ポツリと呟いた。
自分より若い人々と同じ空間に居られるこの場所は介護棟よりよっぽど好きだ。
でも、みんな、どこがが悪くて辛いのだと思うと、なんだか申し訳ない気分にもなってしまう。
彼女や、さっきぶつかりそうになった子供のことを考え、静かに目を閉じた。
ぽかぽかとした陽だまりと、病院の薬品の匂いの中で、しばらくじっと目を閉じて、静かなざわめきを聞いていた**]
…クルミ。
此処に住んでるの。
[去り際に、
手を振り返して名前を教えた。
病室から出ることはあまり無いけれど、
また、来ても良いなって思えて。
私はそのひとときを笑って過ごした。*]
白に溶け行く 白
[緩慢に吐き出した薄煙が
白い吐息と混ざって天を目指す。
戻ることのない記憶の残滓が
最近頻繁に起こるかすみ目と頭痛によって途切れた。]
……ああ、頭いてェな…
[帽子の上から、蟀谷をがり、と搔いた。
随分と短くなったセブンスターを摘み、
最後に一口吸ってから、灰皿へと落とした]
[夢のなかで、わたしはかみさまに会ったのです
煙草を咥えたかみさまは、やさしい目でわたしを見ていました
さみしい、つれてって、
わたしはかみさまにそうお願いします
けれど、かみさまは笑って首をよこにふるのです
それから、ほねばった手で、わたしのあたまをぐしゃぐしゃなでるのです
その手はあまりにきもちよくて、そのまま溶けてしまいたいと思うほどでした]
[うれしくなって、わたしはかみさまに抱きつこうとしました
両手を伸ばしたのです
かみさまも、わたしに向かって腕を伸ばしてくれました
けれど、その腕がわたしのからだを包んでくれることはありませんでした
なぜなら、わたしはそこで目がさめてしまったようだからです]
[わたしにはしろい天井が見えました
その端にあるしみがすずめみたいだと思いました
わたしはベッドから抜け出すと、上へむかいました
煙草が吸いたくなったからです
かみさまのすきだった、ハイライト。*]
[誰かが通りかかるのが早いか、
男性が私に気付くのが早いか。
私は、暫くそこで
きょろきょろとしていた。**]
[車輪が軋む微かな音。
近くで止まり、再び動き出さないそれに顔をあげた。
最近、急に視力が落ちてきたから、一瞬睨むような視線を投げて]
ああ、いや
……いや、大丈夫
[押し留めるような軽いジェスチャー。
ふら、と傾いだ身体は、やがて近くの簡易な腰掛けに*沈んだ*]
[キィ、と小さな音が響いて
そちらへと視線を向ける。
かわいらしい女の子の姿に気づき
冷えた頬がやんわりと緩んだ。]
嬢ちゃん、入院患者かい?
ここは寒いぞー。
[彼女が喫煙に訪れたのだと気づけずに
そもそも、成人しているようにも見えておらず。
娘達と離れて幾年月。
少しばかり、懐かしそうな視線を*向けてしまう*]
[この歳でボケたか。
そう考えると笑えてしまう。
きっと疲れがたまっているのだろう。
結局、そんな答えに辿り着く。]
珈琲でも飲もうか
[独り言のように呟き、カップを手に取ろうとしてはたと思い立つ。
いや、今回は缶珈琲にしよう。
毎日毎日珈琲で、胃はあれるわ飽きるわ。
たまには、変化が欲しい。
といっても、結局珈琲なのだけれど。]
[自動販売機まで、廊下を歩く。
たまにすれ違う患者さんに、軽く会釈をする。
こんばんわ、先生。
お疲れ様、先生。
白衣をきれば、医者なのかもしれない。
けれど、先生と言うのはどうなのだろう。
先に生きると書いて、先生。
こんな若輩者が、先生と呼ばれる事。
そんな事に、小さな疑問をいつも抱く。
けれど疑問には思っても、先生と呼ばれる理由を調べようとまでは思わない。
何故なら、面倒臭いから。
若者は、そういう人間である。]
[自販機の前に辿り着くと、財布を取り出してコインを投入する。
選ぶのは、いつも微糖。
甘党の珈琲党なのだが、カフェオレを人前で買うのは何故か恥ずかしく感じる。
といって、格好を付けてブラックを飲むほど自分の舌を誤魔化せない。
結局、プライドと味覚、双方の折り合いを付けた所が微糖なのである。
ガラン、と下の方から音がする。
少しかがんで、珈琲を取りだす。]
あちっ
[指先が冷えていたのか、少し熱かった。]
[珈琲を空けて、口をつける。
啜ると、やはり熱い。
少し冷まそうと、自販機の傍にある長椅子に腰かけた。]
ふぅーっ…―――
[息を吹きかけてみるが、缶珈琲はそれでは冷めない。
諦めて暫く待つしかないか。
けれど、こういう待ち時間って何を考えればいいのだろう。
何かしてないと、とても無駄な時間な気がする。
うーむ、何を考えよう。
そんな事を考えていれば、珈琲が冷めるに違いない。]
[深夜。
見回りの為の靴音が廊下へ木霊する。
無機質なその音色は地下、
遺体安置室の奥で停滞した。
すすり泣く女性の声音。
此処での死は日常だった。
病院から海が見える景色になった不可思議さに
誰も、気づく事はなかった。]
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