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レンとアン。
[ふと見れば、墓碑群に二つの花が増えていた。
プレートに書かれた名を低い声で読み上げる。
ややあってから、辺りを見渡した]
どこ?
テンマ、向こう。
[羽織った背広の袖口をつまみ上げ、ペケレに掲げる。
絞り出した声はそれ以上の音を出さず、娘の顔は微かに歪んだ]
[ぺたり、ペタリと廊下に響く足音。
泥は小さな足型も残す]
“手向ける”ってなぁに?
[人影の手前で足を止め、細めた瞳が人々の顔へ順に向けられる]
死者。
[目覚めてから何度か聞いた言葉。
上着の内ポケットから、アンの落とした手紙を取り出して皺を伸ばす]
アン、手紙……。
[封は開いているのに中身を見ることが出来ずにいるそれを、誰に渡そうかと逡巡する]
へいき?
[寝息を立てるペケレを一歩離れて見下ろしてから、後ろを振り返る。
ユウキの姿が見えれば、*名を呼ぶつもりで*]
かんせいしつ?
[奥まったその一室は扉が開く気配がない。
プレートを見上げていたが、一歩後ずさってすとんと腰を下ろした。
病院の待合室にあるような椅子の上、やがてまどろみ丸くなる。
上着の下に半ば隠れて、穏やかな寝息を*立て始めた*]
[うたた寝から覚める。
寝汗でこめかみに髪の毛が纏わり付いていた。
薄暗い中を起き上がると、上着が床に落ちて視界が白む]
……ひつじ。
[ぬいぐるみと上着を拾い上げ、ぺたりぺたりと廊下を歩き出した]
あげる。
[男達が何やら話し込む姿を見つけると、内ポケットから取り出した封筒を誰にともなく差し出しながら近づいた。
昨日拾ったそれは、大分しわが増えてはいるが、読まないままだった]
[ミナツの声がする、墓碑へと視線を向けた]
枯れない。
[手折った青い蕾はすぐに萎れたのに、墓に咲く花はどれも色濃いままだった]
[風になびく髪を耳にかける動きを、不意に止め]
ユウキ。
[名を小さく呼んで、写真を見ている背後に近づいた。
手は白衣へとゆっくり伸ばされる]
>>106
[つまんだ白衣を顔まで近づけて、すん、と鼻を鳴らした]
知ってる、匂い?
[瞳を伏せ、呟いた。
布から手を離すと、一歩二歩と後ずさってから、くるりと背中をみせて歩き出す]
>>110
知らない。
[ユウキの問いに振り向くと、首を左右に振ってまた歩き出した。
ぺたりぺたりと響く足音は、徐々に間隔が縮まって、駆け足の早さになる]
―泉―
カナメ?
[肩で息をしたまま、泉の端に腰を下ろす。
水に足はひたさない。
抱え込んだ膝に顔を埋めて、何度もカナメの*名を呼んだ*]
誰に?
何を?
[“手向ける”ことを尋ねても、答えは聞こえない]
カナメ……
[泣かないで、という声は風に飲まれるほどの*か細さ*]
[キッチンに響く小さな足音。
ぺたぺたぺたとシンクへ向かい、続いて物音と水音]
しゃぼんだま。
[ふぅ、とストローに息を吹き込むと、ぽたぽたと滴が垂れる。
しばらくそれを繰り返すと、いつしか綺麗な球体を作り出せるようになった]
[シャボン玉は空へ飛んでいく。
見上げ、「ら」でも「あ」でも「な」でもないような音で浮かんだメロディーを口ずさんだ。
古い古い、童謡の一節]
変、だよ。
[視線は、見える限りの空を端から端へ辿る]
[ふわりふわりと、シャボン玉は舞い上がる。
一息吹き終わると、ストローをコップに戻した]
知らない……
[ミナツ>>150へ即答する]
ミナツは知ってる?
“おやすみ”はいつだったのか。
>>153
テンマ、つめたかった。
[自分の右てのひらを見下ろして、瞳を伏せる]
時は……。
[ときは人が作るもの。
呟く声はごくごく小さい]
>>156
繰り返し、繰り返し、何を、誰に手向ける?
[カナメは答えなかった問いを口にしてから、新たな疑問を付け加える。
ただし、それは語尾の上がらない形]
何のため。
>>162
悲しい?
[言葉を飲み込むミナツの表情を見つめていたが、ゆっくり瞬きをしながら空を見上げる]
“空”はこんなに、小さくない。
[言って、見上げた格好のまま瞳を閉じた。
人工の風が頬を撫でてゆく]
[岩に腰掛けたまま、鳥の鳴き声がする方へ視線を向ける。
佇むユウキの姿が見て取れた]
“せんせい”。
[音になるかならないかの大きさで言って、眼を細め薄く笑った]
>>168
変わらないことなんてない。
[シャボン玉用の液体が入ったコップを岩に置いて、羽織った上着のボタンの辺りを握り合わせた]
時が流れるのはそういうこと。
>>171
とても穏やかな気分。
[ユウキへ照れたような笑みを向ける]
お父さんとお母さんはいつ来るの?
[決り文句のような流暢さで言った]
『別れの儀式は、死者の為に行われるものではない。
自分を言い聞かせる為の物。
それならば何故、墓碑で記憶を留めようとするの?』
[すらすらと、いつかのカナメの問いを諳んじる]
答えは簡単。
前提が間違っているか、結論が間違っているか。
[事務的な平坦さで言うと、そこで深呼吸した]
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