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分かったわ。少し待って。
[かたりと杖を鳴らし、迎えを待たせて部屋へと戻る。
出掛けるために衣服を少し整え、
大きな帽子を長い髪の上に被ってリボンを結ぶ。
開いていた窓をきちんと閉めて、飾り布に少し視線を落とした]
間に合わないわ…。
[随分出来ていたのが、少し悔しい。
形はもう整って、あとは刺繍を施すばかりというのに。
だからそれも畳んで、荷物の中に一緒に入れた。
ふと思いついて、鏡台の前に置いた小物も仕舞う。
荷物は、そこそこの大きさになった]
お願い。
[荷物を迎えの男へ差し出す。
杖をつく女が荷物を抱え歩くのは、少しどころでなく困難だ。
予測はされていたのだろう。
迎えに否やはなく、女は彼へ荷物を持たせたまま歩き出した。
女はもうひとつ、それとは別の荷物を持っている]
おかしなものじゃないわ。
[家の扉を閉ざしたあと、ドアノブにそれを括り付ける。
時折訪ねてきては、女のこしらえものを持っていってくれる人。
その人へと、暫く不在にする旨のメッセージを添えて、
様々な布のこしらえものを、扉に置いていく。
その人は、呼ばれていなければいい。
女は風に帽子を押さえて、不安に顔を*曇らせた*]
[イェンニの返信を見ることもかなわず、
杖つきながら村はずれの屋敷へと向かう道すがら。
鼻歌交じりの男>>28と行き会った。
使いに確認すれば、すぐに彼も屋敷に呼ばれたのだと知る]
あなたも呼ばれたの。…そう。
ええ、わたしも。
[ほんの少し、困った様子は滲んだか。
声大きく、いかにも職人然とした彼は少し苦手だ。
どう対応して良いのやら、分からない気分になる。
自然と視線は逸れて、横顔を彼へと向けた]
…気にしないでいいわ。
[女の足は遅い。
だから滅多に家の外へは出ないもの、用が用なら足は尚重い。
俯き加減で告げる声は小さく、女は密かに杖を握り締めた]
[風が吹く。その冷たさに、少し身体が震えた。
帽子のつばを押さえて、風をやり過ごす]
…急ぐのでしょう?
[迎え人にかユノラフにか。
その場の人々へと声を掛けて、杖をつき再び歩き始める。
かみさま。と、かの人を真似るように囁く声は未だ*遠くて*]
─少し前─
どこの…って。
[ユノラフに問われれば>>75更に困惑は深まった。
以前、家の手入れに煉瓦を頼んだ折に世話になったことがある。
賑やかな彼は、きっと悪い人ではないのだろうと思ったけれど、
それでも馴染みのない振る舞いは苦手のままだった。
女は、窓辺からずっと街を見ていた。
それでも彼が通りかかるのに気がつけば、
そっとカーテンの陰に身を隠してもいたものだ。
彼の記憶に残らずとも不思議ではない]
ウルスラ、よ。
[小さく名だけを告げる]
いらない。歩けるわ。
だから気にせず、先に行って。
[彼の提案>>75には、すぐに首を横に振る。
女の視線は徐々に下がって、今は完全に下を向いている。
だから、彼の思惑に気付けなかった。
ふわり。と、浮く感触の直後にはユノラフの腕の中]
…きゃぁ……っ!?
[小さな悲鳴が零れた。
間近な笑みに微笑み返すどころではなく、
さりとて抵抗するには呆然として彼を見上げる。
振動を感じ、彼が歩き始めたのだと知って、
ようやく弱く握った拳でユノラフの厚い胸を叩いた]
歩けるわ、わたし。だから… …!
[いらない。と、同じ言葉を続けようとした。
けれど何を言おうと男の歩みの緩むことはなく、
なす術もないままに目的の屋敷は近づいてくる。
慣れぬことに鼓動は大きく早鐘を打ち、頬は朱に染まる。
抵抗が通じないと分かれば、帽子を頼りに涙目でまた俯いた。
結局、屋敷に着いたときには、暫し満足に口も利けない有様だった]
…、……
[下ろされて、礼も言えずに呆然と彼を見遣る>>86
杖と自分の荷物を迎えの男に渡されて、どうにか頷いた。
全ての人影が消えてから、へたりとその場にへたり込む。
荷物を抱えて、少しの間そうしていた]
……、ばか。
[上品とはいえない悪態は、去った男の背に届くことはなかった]
[そんな調子であったから、屋敷に入ったのは随分あとのこと。
へたり込んでいるところを見つかれば、
それは随分おかしな光景でもあったのだろうけれども]
…しっかり、しなくては。
あとで、彼に、お礼も。
[ここには家の者もいなければ、頼れる者もいないはず。
自らに言い聞かせて、杖を頼りに立ち上がる。
親切に運んでくれた彼に礼も言うことが出来なかった。
自らに言い聞かせるように呟いて、屋敷の広間の扉を開く]
みなさま、ごきげんよう。
[扉の向こうは人の気配が多い。
慣れぬ空気に躊躇いながらも、扉を開いた。
俯き加減に、杖の許す限りの礼を中へと向ける。
クレストの姿があれば、目を留めただろう。
けれど入れ違えば、視線は一人の女の元へ留まる]
イェンニ…、まさか。
あなたも?
[この足では、駆け寄るというわけにはいかない。
ただ、目を見開いて名を呼ぶ唇が、少し震えた]
ええ。
ああ…、イェンニ。
あなたとここで、会わずに済めばと思っていたのに。
[短い肯定の後に、落ちるのは嘆き。
世界を知るのに自らの足を頼れぬ女は、代わりに文字を頼る。
だから学者ほどの知識はなくとも、古い伝承は聞き知っていた。
その恐ろしさ、不気味さを心に思う]
ありがとう。
[けれど今も彼女の手は暖かく>>111
世話を焼いてくれる優しさに、心は和む]
まあ、先生も。
[ニルスが立ち去るには呼び止めるをせず、礼を向ける。
見回せば幾人かのうちにユノラフの顔も見えていて、
何か言おうかと思うのに、また困ったような顔になってしまった]
そう…良かった。
品物が遅れてしまっては、申し訳ないもの。
でも、あなたまで疑うことなんてないのに。
[神に近くいる彼女を疑うことはないのだと。
小さく首を横に振り、腕に触れる手>>120を包むように腕を曲げた]
ごめんなさい。
いなければ良かったと思うのに……
でも、わたし、あなたが居て少しほっとしている。
[小さく彼女へと囁いた]
…イェンニ。どうしたの?
[続けて案ずる言葉が口をつくのは、彼女の癖を見知る所為。
指の背を噛む様子に、僅か首を傾げて彼女を見遣る]
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