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残念ですがMonsieur、私もこの食堂での出会いを
文字に残すべく部屋に戻ろうと思うのです。
ですが、もしMonsieurがご興味がおありでしたら、後ほど客車を
お尋ね戴ければ歓迎いたしますよ。
…ああ、申し出が遅れてしまいました。私はレイヨ・マルヤマー。
宜しければ、この旅の道連れになってくださるかもしれない
あなた様のお名前をお伺いしても?
[軽く首を傾げて仏語を話す男へ問いかけ追えると、
万年筆に蓋をして、手帳をそれとともに懐へと仕舞い込んで席を立ちあがる。
残していった挨拶は非常に紳士的なものだった]
−食堂車→ピェルヴィクラース・コンパートメント−
…まったく、騒がしい場所だ。
趣味はいい場所なのに、もったいない。
[海の外の人間は、島国の人間からすれば酷く騒がしかったらしい。
コンパートメントに到着すれば、水差しから杯へと水を満たし、
それをゆっくりと飲みこむと寝台に腰かけ目を瞑る。眠るわけではない]
…。
[杯を置くと手帳に書き込む葡萄黒]
『旅は道連れ世は情け。
甘し飯、甘し酒、甘し話に満ち足りて
女帝は麗しき芸術の都に背を向ける』
[そこまで書き込んだ手帳を閉じる。
またしばらく目を瞑ると、扉を叩く音がした。
ゆっくりと破璃の奥の瞳を開いて、寝台から立ち上がる。
魚眼レンズと眼鏡のレンズ越しに映るのは先程の相席の男。
懐に在るものと、それから────を確認してから]
ようこそ、Monsieur。
[扉を開いた先にいる男を迎え入れた*]
−コンパートメント−
いえ、構いませんよ。
…ああ、そうでしたか…?
[風呂敷の包みに視線が行って、首を捻る。
それからその包みの謂れを聞いて]
なるほど。これは責任重大ですね。
一人の誰かの運命を左右して───?
[言葉を止めた。
大仰に叫ぶ男。騒がしい前方。
走り出した男を追うように、部屋の施錠を済ませて追いかける]
どうしました……それは?
[男が手にしているカードを見る。運命の輪]
… Onnenpyörä
[呟いた言葉はもう片方の祖国の言葉。
男が捺したことによって置いた扉の向こう、
Wとふられた客室の中には、だれもいない]
グレートブリテン…ああ、あの剃髪の。
[つるりとした頭の男を思い出す。
男の言葉を聞きながら、降りてしまったらしいという男を
垣間見た食堂車での会話を思い出す]
確かにペルミには国立のオペラハウスがありますが…
[オペラと聞いて浮かぶものは違ったらしい。
口を閉ざして脇腹に手を当てながら幾らか考える表情]
ああ、三等(プラツカールトヌイ)…でよかったはずです。
しかし、……行くのは構いませんが、お独りで?
[絵を持ってきた男が確認をしてくれば、脇腹に添えていた手を
緩く持ち上げてレンズを押し上げる動きへとかえる。
結局、眼鏡の主は男の背を見送る。
衛兵が走ってきて男とぶつかる様子に、軽く肩を竦めた]
…確かに。
…。さて。
[画商の男と別れたあと、こちらはその部屋を再度確認するために
大英帝国と呼ばれていた男の部屋の検分を開始する。
些細な痕跡はないか。些細な可能性はないか]
(…ペルミは確かに芸術の街。けれどバレエやオペラよりも)
[あの街には燐工場があり、造船業や金属工業にも明るい。
頭は彼が本当に英国人だというのなら、そちらへと向かう可能性を算出する]
(確か、英国出資の工場もあったはずだ)
[考えている。降りる可能性があるなら、前者よりも後者ではないかと]
…まあ、いいでしょう。
[引き上げる。そこに誰かが映ってくる可能性があるかもしれない。
このような事態が起きた以上、もしかしたら衛兵が入ることになるかもしれない。
他の客が料金を上乗せにしてくることも鉄道が客商売である以上あり得る。
自分は───]
(まあ、正教会に保証されているだけマシか)
[嘆息一つ。脇腹をもう一つ撫であげてからグレートブリテンと
呼ばれた舞台俳優の客室を後にする。
それから一度自分の客室へと戻った]
[自分のコンパートメントへと戻り、水差しの水を杯へと移して飲む。
自分の部屋もまた同じピェルヴィクラース。
そこに、先程見てきた舞台俳優の部屋の幻影を重ねる。
違和感があれば、思い出せるように部屋の中をうろうろと歩いてみて]
…。……?
[ピンときた何か。というには、あまりに些細だ。
けれどガラスの杯を置いて、足は再び舞台俳優の元客室へと向かう。
ノヴォニコラエフスクまで、あとどれぐらいの距離があるだろう。
アルタイの黄金産地から北につくられた新しい街。
事態も、新しい展開を迎えようとしているのかもしれない]
[とんぼ返りとまさに言うに相応しいような足取りで再び
舞台俳優の部屋へと戻って来たとき、扉の奥にそれがあった。
黒い兎。手にとってみれば、幾らか湿っている。
手にとって、顔の傍まで持ち上げて確認してみる。
酒の匂いも、血の匂いもしない]
…Musta kani.
Tiedätkö mitään?
[黒兎に問いかける。なにも答えが返ってくるはずはない。
返事を強請る代わりにその黒兎を手に客室を出る]
−一等車廊下−
[まるで兎が泣いたかのようにしっとりとした黒い生地は、指先には幾らか冷たい。
忘れ物を探す、という体であれば食堂車に向かうのが一番正しい]
…おや。
[つい先だって、噂の舞台俳優と話をしていた小さな人影。
笑みを向けられて、幾らかレンズの奥が瞬いた。
兎を持った手に、揺るぎはないけれど]
…こんばんわ。
[確か、会話では指揮者と言っていた気がする。
丸くなった目を細く変えて、けれど]
(──兎)
[左腕に抱きついた兎が一匹。
瞳を細く変えると、擦れ違おうとするその手を掴む為に手を伸ばす]
…失礼、小さな紳士殿。
迷子の兎の飼い主を、ご存じありませんか?
ちょうど───貴方のその左腕の兎とよく似た黒兎が
先程哀しいと泣いておりましたので保護したところなのです。
[破璃の奥の瞳を細める]
探していた───本当に?
[薄い唇は問いかけの形にもちあげられる。
首を傾げながら黒い兎を持っていた手が動いて]
忘れ物とは、随分と慌てん坊ですね?ラウリ・スモーバー。
[ぽん、と黒い兎を小さな指揮者の後方に放り投げると、
そのまま円軌道を描いた指先は丈の長い外套の腰裏へと滑りこんで]
そんなに慌てて、何を探しているというのです。
[指揮者の目前、再び現れた手が握るのは小さな拳銃]
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