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―回想・砂塵の街―
…別段、
謀りはしてないと想うけどね…
誰もがいつもの調子さ
[やや他人事のように応えて、
軽業師はふいに柱へ跳び乗る。]
さて
だって 勿体ないだろ
誰もが、いつもの調子さ
[体の向きを変えながら、男はカウコへ
もう一度、含める態で同じことを言う。]
…すこし間がよくなくはあるが
うん
…そうそう、
お前さんのことは、
なんて呼べばいい?
[白い帽子の男が全うな応えをしようと
その名で呼ばず――緩い頷きを返す。]
じゃあね、「よき隣人」
あんまり真面目に生きてちゃだめだよ
[尋ねられたことへの見返りは求めず、
気怠そうに夜陰へと*駆けていった*]
―庭園の在ったビル―
[――己が身の裡に起こったことは、
軽業師の男が誰よりよく覚えている。
そして、苦痛に関するデータの採取を
つとめていた、研究施設での経験は
ベルンハードの身に起こることを
呆れるほど正確に察知して――
現実へトレースされるさまを見ることになった]
……
[過日――自分の「炉」にあった熱源と
その触媒は――…思い出したくもない]
[足首に傷を追った軽業師が飛び退った距離は、
さほど遠くはなく。間近で見下ろす爆裂、断末魔。
沸騰した脂肪が泡立たせた生皮が、
黄色くふやけたように浮いている。
弾けた腸管が、詰まった内容物ごと
裏返っては襞に沿って焼け縮れていく。
わざわざ噛み砕かれたコークスは、
ベルンハードの口腔や食道にも
へばりついてどす黒く煤煙を上げた。
鼻梁を潰すように打ち下ろされた槍が
とどめとなったかどうかは…甚だ疑問。]
[――かつん、
アイノの翼を染めたのと同じ瀝青(れきせい)が
足首の傷を妙な方向へ固めてしまわぬように、
軽業師は尖った靴の底を床へ軽く叩きつける。
視線は、穿った銛持つ旧友の手から…面持ちへ。
――そのとき目にした口元の仕草に、
思わず言葉をなくし暫く黙って彼を見ていた。]
[わらいかける表情を、しらない]
…おい
[大股で歩を寄せる。]
[彼の頬へ手を伸ばす]
[旧友の肌を灼くほどに手が熱いことも忘れ。
軽業師の男は急いた手話を其処へ綴り送る。]
( ― マティウス ― )
( ― いるのか、いないのか ― )
( ― 其処に ― )
[身の裡に在る火種は、
旧友たるマティウスの手で起こされて。
死線に迫ったサンテリの剣に熾されて。
今は、軽業師の男が
自らの意志で熱を上げようとしている。
下された使命にも強いられず愉しむ男が、
愉しめずともただ殺す、そのためにだけ]
…休めたか?
[思念にふと浮かぶのは、自らを脱ぐ女。]
[黒い灼熱に犯したひとときは、
仮初にでも男を憎ませていただろうかと想う。
離れた場所で、また蠱惑を浮かべて
ひとを誘い誑しているのかと――
翼人が意識失うかたわら、
血溜まりの中じわり這いずる賞金稼ぎの女が、
蝮の娘に如何な饗しをされるかはまだ知らず]
[――そう、「蝮の娘」。
自らを脱ぎ捨てる性は最早人間離れしていて。
手弱女の風情残す彼女も、
「そういういきもの」としか形容し得ない
存在になってしまっているのだと…瞑目の裡に*]
[――遠く聴く、鼓動。]
……
[男の熱い手で触れば、きっとつめたい。
けれど気配纏うその音ばかりは熱を孕む]
抱けないのが、切ないね
[命を喰い、母体を休める――揺籠の日。
竦めようとする肩は胸の傷ごと痛んで、
自らに道化る真似事は空振りに終わる*]
―庭園の在ったビル―
だったらなんで、そんな…
[言いかけた折、手を掴まれた。
忽ちの白煙、皮脂と皮下脂が溶融する臭い。
祭壇を遠くから見ていた折、相手がベルンハードと
行動を共にしていたらしきを思い出し…唇を薄く開く。
或いはあの少年の稚気に影響されたのだろうかと]
…そうかい
…うん?
[完成品。
僅かに尋ねる気配させるも、言は次がれ]
…マティウス…
[項垂れる姿に、熱い手は引けず。]
お嬢ちゃんひとりには、
殺しきれない …か?
[軽業師は、独り言めいて呟く。
想う。翼と誇りへつけた染みの…
先刻外した帽子から出し、片手の中に
残っていたコークスを"全て"口の中へ]
…なら
―― 俺のとこに おいで
[ヒュウ…][自らの意志で細く深くする、呼吸。]
そうだな
…行く場所はもうない
[戻る途上で出会ったカウコが浮かべた敵意を想う。
前髪をかき上げる。熱で纏う陽炎も揺らぐ。
実験体でもない男の額に、赤い徴――友誼の証。]
ないから
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