[1] [2] [メモ/メモ履歴] / 絞り込み / 発言欄へ
[ナオはゆっくりと、眼鏡の奥の瞳を、瞬かせました。
ジ、ジジジジ、と、
近くの街灯が明滅を繰り返し始めたかと思うと、
……不意に、
その灯りが、無くなりました。
周囲を照らすのは、コウイチの持つ、懐中電灯の薄ぼんやりとした光ばかり。虫の鳴く声も、夜を飛ぶ蛾の姿も、他の生き物はいつの間にかいなくなっており、辺りに響くのは、残された人間の声と、息遣いと、心臓の鼓動でした。]
[ポツリ、と。唇から、音が零れました。
先程まで読んでいた本に、書かれていた言葉。突如として、人が消え失せてしまうという現象。それに、そっくりでした。いいえ、そのものなのかもしれません。
ポタリ、と。汗が肌を伝って、地に落ちました。
風は吹いてはいるけれど、相変わらず温くて、夏特有の湿気と、じっとりと肌に張りつく服に、ナオは、心地悪さを、感じていました。]
一般には。
[喉がやけに、渇いていました。]
日本古来の民俗的な事象だね。
人間が何の理由もなく、突然、消え失せる現象を指す。
[声が上手く出ずに、擦れます。]
天狗だとか、狐だとか、鬼だとか、
そう言った、超自然的なものに隠されたとする考えが多い。
[響きは、変わらず、淡々としていました。]
[来海 蛍子。ひと。
手紙に書かれていたのは二行、たった、それだけでした。
予告ではないとしたら、……なんだと言うのでしょうか。
そして、“ひと”以外のものが書かれる事があるとすれば?]
かみかくし。
[先程自分で呟いた言葉を、もう一度、繰り返します。
妙に、粘つくような感覚がありました。隠したものがいるとしたら、“ひと”でないものがいるとしたら、それは、……なんだと言うのでしょうか。]
……は。
[ナオは、溜息とも笑いともつかない、声を、零しました。]
神様かもしれないね。
神様以外の何かかも。
[ナオは、タカハルへと、薄く、笑みを返しました。面白がるようにも、張り付いたようにも見える、笑い。]
そうだね。
帰るしかないだろうね。
男子は女子を送るといいよ。
僕は少し、遠いから。
[たとえ誰かが一緒にいても、意味はないのかもしれないけれど。そう付け加える事はなく、封筒を鞄へと仕舞うと、くるりと踵を返しました。視線の先には、来た時と同じように、いえ、それよりも深い、闇が漂っています。]
ん。
若い者同士の邪魔をするのは憚られたのだけれどな。
一応、気遣い?
[振り返り、コウイチとタカハルの言いようと、それから、クルミの様子を見て、ナオは口元に手を添え、クスリと小さく笑いました。]
ん。
[謝罪の声にクルミへと向き直ったナオの顔に浮かぶ表情は、少し、驚いたふうでした。指先は軽く、頬を掻きます。]
いいや。気にしなくていいよ。
奇妙な事が続いたら、仕方ないだろう。
それに。慣れてるから。
[笑みへと変えて、首を傾けます。淡い色の髪が揺れました。]
さて。そっちの子……コハルくん?がバスなら、
余計、遠回りになってしまうよ。
君の方が年下、僕の方が年上。
ひとりでも、なんとかなるさ。
だから、彼女の方についていくといい。
[そう断りを入れながらも、バス停までは*共に行くのでしょう。*]
[後輩二人に説き伏される形で送られて、ナオは家の前で彼らと別れました。]
ん、……ありがとう。
それじゃ、おやすみ。
[――気をつけて。そう声をかけても、真に恐ろしいものは警戒しようがないでしょうから、それは言わずに、手を振って見送りました。
鍵を開け、灯りのない、古びた家屋へと扉を軋ませながら入り、電灯を点します。自室に入ってすぐ、ナオは鞄を布団の上に放って、窓をガラリと開けると、机の前の椅子を引いて座り、頬杖を突きました。]
[外は静かで、灯りはまばらにしかありません。
暫くの間、ナオはそうしてぼうっとしていましたが、ふっと思い出したように、鞄から封筒を取り出しました。]
指紋、つけないほうがよかったかな。
[今更ながらに、そんな事を考えました。それでなくとも、筆記鑑定を依頼すれば。そう思いながらも、もう一人の自分が無意味だと否定します。
封筒を開け、中の手紙を開いて、……ナオは、目を見開きました。]
……何故?
[ナオの声に応えるものは、ありません。
記された文字に、視線を落とします。そこに書かれた内容に、安堵と落胆の入り交じった吐息を*零しました。*
夜は更けて、色の雨が降り出します。]
何故。
僕になんだろうね。
[見えないものが視えるのも、聞こえないものが聴こえるのも、いつも、ナオばかりでした。父も母も友人も、知らないと言うのです。
何故かと訊いて、答えてくれたものは、ひとりしかいませんでした。]
かみかくし。
[じっとりとした湿り気の強い、プール。ナオは何をするでもなく、飛び込み台に腰掛けて、素足をパタリと揺らしました。手には、例の手紙を持っています。
本当は夜には入ってはいけない場所だと知ってはいましたが、家でじっとしていることも出来なかったのでした。]
“ひと”。
“ひと”ではないもの。
[ポツリポツリと落とす呟きは、静寂の中に響き渡ってゆきます。]
独り言。驚かせてしまったかな。
手紙が面白い事になっていたから。
ただ、次は、何と書かれるのだろうと思って。
[ナオの持っている手紙をタカハルが見たのなら、そこに新たに付け加えられた二行、コウイチの名前と、“ひと”の文字を見る事があったでしょう。]
こんな時間だからね。
普通はいるなんて、思わないだろう。
[1] [2] [メモ/メモ履歴] / 絞り込み / 発言欄へ