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長老は、ドロテアの声に、長じた孫娘の言葉に、
長く白い眉の下で――人知れず目頭を熱くする。
非情にも近づく、"そのとき"。
テントの入口、厚い幕が静かに何者かに捲られる。
『 …… 』
外に見える、幾つかの、儀礼めいて揺れる松明の炎。
幕を捧げ持つ態でテントの奥を――長老の傍に座す
ドロテアをひたと見詰めるのは、若衆頭の男*だった*。
…ああ、まあ。そんな所だろうな。
[信じるか疑うか。
男の言葉に、ようやく答えを得たとばかりに]
己が誰を信じ、誰を疑うか。
そして、どう――疑いを晴らすか。
[ふと思いついたように言葉を切り、すうと息を吸い込む]
『私は狼など呼んではいない。信じてくれ』
――言葉なぞ弱いものだ。皆、そう言うに決まっているのだから。
[ちらりと、口元を掠めるのは挑発的な笑み]
[程ほどに。
そう呈する者に、一つ頷くことで返答とし、
返答に重ねるのはまた問い。]
そうねえ。恨みか、はたまた別の理由か。
どれにせよ何かしら理由はあるとして。
――其処に狼を使う理由はなんだと、
ビャネルはお思いになって?
[出されたもてなしに小さく礼を述べ、
湯気上がるカップを顔に寄せた。]
[暖炉の前、熊の毛皮を敷いた場所。
足の短いテーブルの上においたコップを前にして座るヘイノの向かいに腰を下ろし。
胡坐をかいて暖炉の炎を見やる。]
自分の手を汚したくなかったか――
それとも、狼におびえて皆が逃げることを期待したか……
そんなところじゃないのかのぅ。
[ずず、と熱い茶をすすりながらちらりとヘイノへと視線を向け。]
そういうお主はどう思ってるんじゃ?
そうですか…
ありがとうございます。
…………
あの方宛に言伝を届けて頂くのも面白いですかね。
いえ、折には自分で出向きます。
[少なくとも自分がテントを出てからのアルマウェルの所在を知り、思案するらしきは声音にも滲んだか。マティアスがこれから向かう先もわからぬし行く先を問う事はせず、冗談めかぬ口調で嘯いた]
マティアスが少しでも和らいで下されば幸いです。
[名に対する彼の言葉に対する応えを遅ればせながら添える態で、あまり呼ばわらぬ他者の名を紡ぐ。膝掛けを渡した彼を見送る折に向けた眼鏡の奥の眼差しは、謝罪を容れられなかった時と同じように細まり、似た穏やかさを浮かべた]
…………
[キィキィキィ…―――マティアスの去ってから、アルマウェルの報せを受けた後と同じように、暫くの間は焔を見ていた。静かなはずの小屋にも狼の遠吠えは届き、時の流れと共にじりじりと募る焦燥感を冷え切った茶で飲み下した]
………信じられるのは…―――
[キィ…キィキィキィ―――呟きは掠れ、車椅子に座す求道者は来訪者を待つ時を休み扉を開ける。膝掛けの無い分だけ余計に冷気が刺さるけれど、曇る眼鏡をはずさず袖口で拭い、再び不吉な紅いオーロラの靡く夜に出た]
[向かい合わせの男に探るような視線は投げかけず。
律儀に返答する姿に礼を述べながらも、
問いを返されると素直に応じ、]
私もビャルネと同意見よ。
手を汚したくないってのは同感ね。
それと狼を操れる位だから、
呪いにも長けていそうよね。
だけど呪いだけじゃ大量殺略には向かないからってのも、有りそうだし…。
――あとは…力の誇示、かしら?*
[男に、相手の笑みは見えぬが
見えぬゆえにその空気を感じ取り、
僅かに口の端を歪めた]
…だが、俺には、その「弱い言葉」しか、
――信じるも信じてもらうも、
[言い掛けて、口を噤む。
ふたつほど息を飲み込んでから]
…――目を見れば判る、とでも…
言う…――か?
…イェンニか。
あれは夢見がちだが、夢が毒を隠さん奴だな。
[苦笑のいろを帯びた相手の声に、日頃想う評を
加えて返答をした。己のことはみじかく肯定を]
ああ。… 他者の在りように
他所を垣間見れば戸惑う、か?
…お前に通じる群れは、お前は何を想うかな。
[深い雪に覆われた森の中で、狼たちの一団が
ひたりと鳴き交わすのをやめたのを感じる。>>170
――村の男たちが、雪原に。
供犠たる娘が捧げられる祭壇をつくっている。]
あたしと意を通じるおおかみたちは…
嘆いているよ。
[『おおかみ』たちは…円い瞳にその態を映す]
濃い情と飢えとの狭間で、…「行く末」をね*。
[ちらちらと炎がゆれる。
会話の合間に薪が爆ぜる音が響く。
素直に同意を返すヘイノへと向けた視線は、探る色を持たず。]
ふぅむ。
まあそうじゃのぅ……
狼達にいうことを聞かせられるだけの腕がある、ということじゃからの……
[ずず、と茶をすすっては、ほう、と息をこぼし。]
力の誇示……
ふぅむ。そうとも言えるかもしれぬなぁ……
なんにせよ、力があるということをしらしめたいと思う欲は誰しも持っているものじゃしのぅ。
[ゆるりと瞳を閉じて静かに考える。]
力の誇示……だとしても姿を見せぬのはまた誇示だけが目的ではなかろうて……
誇示したがるのは認めてほしいという意思があってこそじゃからの……
姿を見せずして認めてもらうのは無理というものじゃろう。
そうだ。
結局、我々人間には言葉を使うくらいの力しかない。
――まじないの心得があれば、また違う思索に耽ることもできるのだろうが……
[マティアスの言葉に、静かに同意する。
目を見ればわかる。
彼の眼帯に、半ば反射的に目を向けてしまう。目そのものが、見えない]
どうだかな。
だが、見えてしまう者も居るのかもしれない。
[自宅に戻るとまず“患者”たちの様子を伺う。
病や怪我を抱えたトナカイたちは
相変わらず落ち着いた様子で]
やっぱり、か。あり得ない話だよ。
外にはあんなに狼がいるってのに。
[あの、疑惑のきっかけとなった夜も。
吠えている間さえこんな調子だった]
……全く、どうしたモンかねえ。
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