[ポルテの降りた後、電車は緩やかに速度を取り戻し始める
振動に少しよろめきつつ、先程の女学生の方を再び見やれば文庫本で顔を隠している]
…………?
[顔に当てられた文庫本の向こうで相手が何かしらを呟いたような気がした
首を傾げつつ、歩いて元のボックス席の通路側――ポルテが座っていた場所に腰掛ける
窓際に置いていた荷物を手繰り寄せ、膝の上に肘を置いて考え事をするような格好を取る
そのまま、読んでいた本に再度眼を落とす]
――――何か言ったか。
[活字を追う格好のまま大きくない声量で、誰に向けてでもないような言葉を呟く
電車の走行音に掻き消え隣のボックス席に座る者に届かないならば。
それはただの独り言だ]
『夏目漱石、お好きなんですか。』
[今度は明確に、返事が耳に届く。目線のみを向けると女学生はにこりと笑っている
顔の近くに添えられた本は同じく夏目漱石の"こころ"。
どうやら、先程のポルテとの事はあまり気に留めていないようだった
なれば、この女学生が見ていたものとは―]
[今度は明確に、女学生の方を向いて]
…基本的には古典文学全般が好きだが、その中でも夏目漱石は読み易い
だからだろうか。ふいに読み返したくなるんだ。
まぁその点では、好きなんだろう。
[平坦な声で、返事を返して]
…君は?
[問いを投げ返した]