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――さて、
君は性質の悪い病持ちだったりするのかね?
[後悔、海鳴りにまぎれて届く声に返して後、
桟橋近く置かれた薪束にずず ずと近づく。
生臭い血の匂いは処刑人ではなく夜警姿より匂う。
おのずと眉根を寄せた]
流れ者ばかりのここで、果たして儀式の意味など生きているのか。……あの帽子の、なんといったか……ああ、海に落ちたのか?亡骸が見つからないとは、おや、身もついていたし使い出もあるだろうに勿体ない。
しかし死肉を食らう魚もいない海だというのに、
水底に引きずり込まれたの、か――
[ゆるりと檻へ目を移す、僧は死に行く者へ告解でも齎すのか。期待するような昂揚招く事態は起こりそうにない。ずず、ずと重く足を引き摺る]
― 廃教会 ―
[そして、気が狂ったかのような男は、廃教会の崩れた様の中で、女の匂いを染み付かせたわが分身から少量の種を噴出させた。その瞬間だけやや眉が寄る。
次にはまた涼しい顔で、己をしまうと、教会の司祭の部屋だったところへ向かった。
元司祭だった男の遺体は、まだ、そこに、人の形である。]
[常の依頼の声に向ける顔もまた常の険しさの儘
開く口は何時ものように吐息だけ――否、今日は、]
…、は
[公開処刑の主の有様は未だ瞼の裏から剥がれぬ
共に首刎ねられるべきが牢より鎖ごと消えた己
言葉は何故か切欠自覚せぬ変化を齎して
白い吐息の隙間 声を音と、紡いだ]
…火種の数で僕のいのちは 買えましたか?
[手で風に消えぬよう包む火種は幾つ目か。
それを初めて気紛れに口にしたのは 先程の
「も」を違えた会話が少しざわめくからか]
[その司祭は何が原因で死んだのか。もしくは男が殺したのか。いずれにせよ、もう誰もそれを追求するものなどいない。
男は、胸からナイフを出すと、司祭の遺体、今日はその頬の肉を削ぎ落とし、その場で己猿轡を外すと、長く赤い己の舌の上に乗せ、カメレオンのようにするりと飲み込んだ。
腐敗に向かう途中のその肉、男は続けてまたナイフをきらめかせる。
やがて食事が終えると、血で濡れた歯を襤褸で丁寧に磨き、猿轡を噛んだ。]
さて、海へまいろうか。
[空気混じりの言葉、ひょろりと長い身体は、ゆらりと揺らめくように、だが、風のように、廃教会から外に流れいでてゆく。]
ああ、死肉を喰らうのは――、
魚ではなく、鳥か?
[血肉を取り込み、その力を己の裡に。
学者が噛み締め飲んだは、鳥ではなく。
ず、ずず、ず
霜交じりの地面に後をつけながら、
男が引き寄せられるは――]
……あれは、そろそろ動かぬ肉の塊となったかな。
[動いた姿を最近目にせぬ司祭の住処、ずず、と引き摺る重石は腐った床板を砕く]
[気狂い男は既にそこにはいない。
残に肉の剥がれた司祭の躯、男には昂揚も嫌悪もなくただそこにある対象を見遣る]
少なくとも今の私には儀式的意味などない。
あるのはただの、餓えだ。
――巫女の儀式的秘術に触れる昂揚がなかろうとも、人の血肉は甘いものかね?
[さて、あの気狂いはこの肉の所有権なるものを主張するか。知ったことではない]
[そぎ落とし、口にする。
甘くも柔くもなく、己の裡に沸く感覚は不快ですらある。噛み締め、飲み込むには口を押さえ込むが必須だ]
……ああ、何が ちがうのか。
[かつて感じた昂揚のないまま、
落胆すら感じながら男はその場で死肉を貪り続けた]
[火つきのよくない薪は、爆ぜる音も煙も多い。
無くとも扉、とばかりに佇む手前。
斧の男は、熾火の向こう鎖の男と向かい合う。]
… いいや。
[常ならぬ応対に開いた間のあとのいらえ。]
執行人は、仕事を迎えに来たりはしないよ。
[貰う火種は、薄く凹んだ缶へそっと収める。]
[向ける細い目は執行人の向こうに故郷を見て
その 一瞬さ に堕ちめく意識を奥歯で留めた]
そうです、か。
ずっと、いつかな、と
…―――ていたん、です。
[じゃり…]
[大きな上着の中で音をさせつ火種の行方を見
そうとまた薄い腹を擦る 背筋は伸ばすまま]
…是非にそこを踏み越えてどうぞと
勧める茶も 湯、すら ありません。
[けれど薪を有難いと 赤い髪の頭を下げた]
んぁ…?
[微睡みの中、小屋の外で何かが置かれる音が聞こえた。 けれど、すぐに動くことはせず、足音が遠ざかってから
ゆらり、と立ち上がり、小屋の外を覗いた。]
ああ、またか。
[置かれた薪束を認めて、独りごちる。]
どうせなら何か食べ物…。
[そう口にしただけで、飢えを思い出し舌打ち一つ。]
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