そうだよね。
[サヨの回答を受け、私はチカノを一瞥する。
年頃の女子がする行為とは思えないが、男の目がないと羞恥心も箍が外れるのか。
もし、先のアナウンスが実習の可否を判断するものなら、チカノの行為は真っ先にアウトだろうし]
アン、スクープ映像ならスピーカーも撮って置くべきだろう。
[ナントカの血が騒ぐのだろうか。
不安より好奇心が騒ぎ出したアンも、立派な脱落対象者だろう。]
ブザーも止まって、ナオちゃんが乗って……
今は安全じゃないから誰か降ろせってことなら、
[つぶやき、しばしの沈黙。
何事もなかったかのように最上階にたどり着いたハコ。
続きは、ぽつり、と落とされて。]
……"追い出す"っていうのも、何か物騒。
[チカノをチラ、と見る。一人の責任にする気はないが、今このハコが平常ではないことへの危機感はある。
スピーカーの不調も見られる今は不安は募るばかり。]
[チカノが連打する"非常呼出"ボタン。応答はない。
何も起こらないのは、教員が事態を把握しているから?
それとも、コレも壊れているのだろうか。]
―――あ。
[何か思いついたように呟く。]
次の階で、とりあえずオモリだけでも外に出す?
追い出せ、の意味もわかんないし。
[オモリさえなければ定員オーバーなどしていない人数。]
しっかし…
[小さく呟いて、私はハンカチで汗を拭う振りをして口許を隠し押し黙る。
狭苦しい機械の中、元々あまり歓迎される類の雰囲気が漂う空間ではないことは承知しているが、それにしてもブザーの一件後から、私は何かが引っかかって仕方がなかった。
訓練用のブザー。あれは操作側で設定が出来るのか。
出来るのかもしれないが、だとしてもあれほどの衝撃を受けた後、安全確認もなく動かすのは明らかにおかしいだろう。]
なぁ、ワカバ。交代するとき、何か教員から指示があったか?
[指示があったのなら一番受けて居そうな人物に、私は声をかけた。]
錘が無くても困らないなら、出してもいいだろうけど…
[ワカバの提案には唸るような声をあげて答えるも、どこか上の空でしかなかった。]
『なんで、「ひとり」なんだろう?』
[忘れてた足の痛みが疼きだす。]
『なんで、「追い出す」なんだろう?』
[私は痛みから逃れるように、窮屈なヒールの中で蠢いた。]
『もし、誰かを追い出した後、「その人」は一体どうなるんだろう?』
[突き付けられた事実の中に潜む、言葉を深読みするのは、私の趣味でも本の読み過ぎだろうか。
だとしたら、それは杞憂としてやり過ごすだけで*いいのだけれど*]
むしろ。ひとりしか出てはならぬ…ということではないのか?
[何百連打目か、あろうことか少女は舌打ちをして、何の反応もないボタンから手を離した。なにやら一斉にねめつけられるなかで少女は胸を張ってみせる。]
私はお役目を務めただけ。追い出される謂われはないな。
[だけ…だろうか。私は思うが。]
"ひとり"なのだろう?オモリをそうは呼ぶまいよ。
[そう、うそぶいて
少女はアンの向けるカメラに、ニヤリと笑って親指を立てて見せた。]
誰の悪戯かな…。私の目は、ごまかせない。
[おまえだろう…
不敵な笑みを浮かべて辺りを見回す少女に私は、思ったものだ。]
えっ……と。
[先程までワカバが行っていたらしいオペレーターを、今度は自分が務める必要がありそうで]
あ、ありがと。
[サヨがスッと手渡してくれた紙に目を通そうとした時]
「── ひとり 追い出してください ──」
……?
[怪訝そうな視線は、声のしたあたりをゆらゆらと]
[紙に何か書きかけて、すぐに手を止める。
各々の言を吟味してみるというには、
いささか思案に費やせる時が足りない。]
… なんだか、
緊急時に、優先してお逃がしすべき
お客さまをあてる課題とも取れるのね…
――でも、
私はおもりを下ろすワカバの案に 賛成。
[推測とは裏腹に、前にいるチカノの脇腹を
くすぐって錘の上からどかせようとする*。]
――邪魔、だから。
とか?
[ふと、私はナオの問いに答えるような形で、脳裏に浮かんが仮説を上げてみた。
それは如何に非現実的で、在り得る事ではないという事は百も承知だったが、何故か呟かずにはいられなかったのだ。]
んー…サヨの考えも一理あるけどなぁ。
でも仮に「避難誘導実習」だったとして。
大切なお客様を「追い出す」だなんて表現するかな?
[走り損ねたペンと綴られぬ文字に、サヨの心情を思い、私は極力否定の意味合いが籠らないように告げた。]
アン、あんたこの建物についての噂、何か知ってる?
えっと、ほら、夏向きの…アレ系。
[一向に応答しそうもない非常呼出ボタンへ、見切りをつけたアンにそれとない雰囲気を醸し出しながら、浮かび上がった疑問を変化球でぶつけてみた。
彼女なら。
情報収集が得意そうなアンなら。何か情報を知っているかもしれないと思って。]