[眠たそうに顔に触れていた手を落ちた本へ伸ばす。
そこに描かれているのは鐘を鳴らすひとりの女性]
ああ。そうだ、わたし。
お手伝いしなくては。
[大切なことを忘れていた。
それを手に取ると、徐に立ち上がる。
スカートについた埃を払うと、彼女の姿を探して庭園を彷徨い*はじめた*]
[動揺を口ずさむ唇を止めて、風の吹いて来る方を振り返りました。
葉のざわめきが、ガラスの振動が、何か語りかけているようでした。
少女が振り向くと、風はぴたりと止まりました。]
風……。
出口は、きっと向こうね?
[少女は風の吹いてきた方へ*歩き出しました。*]
[迷路のような生垣に沿って歩いていると、垣の切れ目から、ちらりと先ほどの男の姿が覗いた]
何か植えている?
さっきの花のお詫びのつもりかしら。
[居た堪れない気持ちになって眼を伏せる。再び目を開いた時には男の姿は掻き消えていた]
[男が蹲っていた場所に歩み寄り、しゃがみ込んでまだ柔らかい盛り土にそっと触れる]
………次にあの人が来る頃には立派な木に育っているのでしょうね。
その時は……わたしはおばさんか、おばあさんか…。
[ふと見上げた空がぼんやりと明るくなってきている]
あの子はとうとう見かけなかったわね。
『次に会う時は同い年だね』なんて言っていたのに。
[寝転んだまま、ゆっくり右手を目前に掲げる。
泥まみれの掌に、汗が滲んでゆく]
咲くわけないよな。
[節くれだった指が、ぴくりと動いた]
それでもよかった。
ただ、
[花でも咲けばいいと思っただけ。
一縷の望みに賭けてみたかっただけ。
男は、呪文のように口元を動かす]
たりねぇよ。
[震える両手で、顔を覆った]
[瞼が重い。林檎の木にもたれるように顔を寄せて、深い息をついた]
もう扉を閉めてベッドに戻らないといけないのに…私も諦めが悪いのね。
[そっと身を起こすと、ふらりと*歩き出した*]
[湿度の高い空間の中、男の身体はじわじわ汗ばむ一方だった]
あっちぃ……。
[うわごとのように唸る。
起き上がる気力は沸かない。
降り注ぐ甘い芳香を吸い込めば吸い込むほど、男は*酒を欲した*]
[飲んだくれの男から受け取った小瓶。小さく礼を言った。
男は何かを土に埋め、そして――消えている]
……?
[現実か?訝しげに自分の掌の中のものを見る。
酒精に満ちた小瓶が確かにあった。夢と現実の境目が判らなくなるほど飲んだくれているのは*あるいは自分なのか*]
なんでもよかったんだ。
[それは、寝言かもしれないし、独り言、あるいは話し聞かせる声なのかもしれない]
「明日」になんの望みもない自分から変わりたかった。
笑えるよな。
こんな年になっても、何したらいいのかわからねぇなんて。
よっ、と。
[男は勢いづけて起き上がる]
でもオヤジは年の功で知ってんだ。
何かすれば、風向きは多少は変わる。
[小瓶を一つ飲み干して、中に土を詰め込む。
男は、ニヤニヤと笑い、その重さを確認する]
監禁される趣味はねぇんだよ、っと。
[緩んでいた顔が一瞬引き締まり、男は小瓶を全力で投げ付けた。
四角く区切られたガラスに向かって]