情報 プロローグ 1日目 2日目 3日目 4日目 5日目 エピローグ 終了
[静かに、窓から陽が差し込んでくる]
[陽の光が照らし出すのは、赤く染まった居間に佇むふたつの血まみれのと人影と、そこに倒れるひとりの死体と――否、みっつの“ひと”の死体]
………。
[亡き友に全てが終わった事を告げると、彼はその場にへたり込んだ。手の中に残っていた灰色の狼の毛が、それが夢では無かった事を示していた]
“人狼が、憎い?”
[レイヨの問いかけの答えは、全てが終わった今でも出せないでいた]
[死にたくないと、生きたいと。そう願う事は、果たして罪なのか――。もちろん、マティアスやウルスラを奪った事を、憎いと思う気持ちが全く無いといえば嘘になる、が]
………。
[ユノラフの亡骸に寄るニルスを、苦しげに見る]
[同じように友を失ったニルスではあるけれど、かけられる言葉は見つけられずに]
―――っ。
[自分のふがいなさを歯がゆく思いながら、ニルスに向けてぺこりと頭を下げると居間を出た。イェンニとヴァルテリの血を洗い流すために、そして傷の具合を見るために、風呂場へと向かう]
[身体にかかる湯の熱さが、次第に感覚を取り戻させていく。しかし狼ふたりの血を全て洗い流しても、赤い血は腿を伝い続けていた]
[瞳に影が落ちる]
[伝い落ちるそれは、自分の血だった。塞がりかけていた傷口は、無理が祟ってぱっくりと口を開け、その周囲は真っ赤に晴れ上がっていた]
[すぐに、医者に見せれば、大丈夫]
[そう言い聞かせ、手当てをするも、もう治療道具は――残っていない]
[居間に戻り、ソファに身を沈め……視線を巡らす。ここに来たのは、ほんの数日前だというのに。その頃は、まだたくさんの人がいたというのに]
……ッ。
[大切な人たちの事が、頭に甦る]
[ウルスラと初めて会ったのは、資料館だった。きれいなひとだな、と思った。気が付くと、無意識のうちに彼女を目で追っていた。共に食事を取る事も多くなった]
[言葉の少ない彼女であったけれども、それがとても楽で、幸せだった]
[それが好意であると気づいたのは、皮肉にも屋敷に来てから――彼女がヴァルテリを刺そうとした時]
[――ヴァルテリは人狼だった。もし、あの時――]
[自分が止めずにいたら、彼女は死なずに済んだのだろうか――]
………。
[いや、と首を振る。そんな仮定をした所で、何の意味があるだろう。きっと、止められなかった自分を悔やみ続けただろう]
[自分がこの村に来て、最初に知り合ったのがマティアスだ。自分で漬けた、と塩漬けのニシンを持ってきてくれた]
[村に馴染めないでいた自分を、収穫祭に誘ってくれたのもマティアス]
[上手く言葉を伝えるのが苦手なのだということは、すぐに分かった。それは、自分も同じだから]
[不器用で真っ直ぐで純粋で。自分では否定するけれど、気が優しい。一緒にいると、ゆっくりとした時間が流れていくのを感じた]
[村の人たちは、何で一緒にいるのかなんて不思議がっていたけれど]
[居心地が良かったから、としか言いようが無かった]
[ニルスに間に入ってもらいながら、少しづつ、文字を教えていった。自分の言葉も、知ってもらいたかったから]
………。
[もし、ふたりが今の自分を見たら、何て言うだろう]
………。
[彼は、深く息をついた]
[そのまま、ずるずるとソファに横たわり、ゆっくりと、目を閉じた――]
[ここはどこだろう]
[生きているのか、死んでいるのか]
[酷く足元が不安定で、ふわふわと頼りない]
[何も見えない]
………?
[声が、聞こえた]
マティ?
[喉を通さずに発せられたのは、とうの昔に失ったはずの、自分の声]
そこに、いるんですか?
[しかし、返ってきたのは肯定ではなく]
“生き続けてくれ”
[そう強く願う、亡き親友の声だった]
“大事な、友だから”
“こんなことで失われないでくれ”
[以前の彼であったら、嫌だと駄々をこねていただろう。傍に行くと]
[だが、今は――穏やかに微笑み、言った]
マティに出会えていなければ、僕は、死に急ぐことばかりを考えていたでしょう。
病を患ったあの日から、僕の人生に色はなく、灰色に淀んでいました。
だけど、マティのおかげで、毎日が新しい事ばかりで、とても充実していて――
少しづつ、少しづつ、色が戻ってきたのです。
マティと友達になれて、良かった。
ありがとう。
僕は、生きます。
君の分まで。
――――。
[居間で眠る彼の頬に、涙が音も無く伝って落ちた]
情報 プロローグ 1日目 2日目 3日目 4日目 5日目 エピローグ 終了