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[前日の降灰も掃き清められた参道。
福引屋の前で足を止めたのは、
大学ノートを小脇に挟んだ作家。]
…いや、僕は
"坊っちゃん"なんて年じゃ――
[福引屋が呼び止めた対象を探す態で、
背後の雑踏へうろりと視線が彷徨う。]
──あー、やっぱり昨日と全然雰囲気違うんだ。
[昨晩と同じように、歩きながら辺りに視線を走らせながら]
『そこの坊っちゃん、宝物殿は見たかい?』
[夜店の客引きの呼ばわる声に、顔をそちらに向けると]
?
[眼鏡をかけた男性─同世代ではなく、かといって親の世代にしては若く見える─と目があった。]
あの、なにか……?
[視線がぶつかったのは偶々ではなく、相手が元から自分を見ていたような気がした。**]
[手元でリンの澄んだ音がなる]
そうよねぇ。
[合わせた手をほどくと、足元に添えた。背後で部活を終え帰宅した娘が階段を駆け上がる]
なーに、そんなに急いで。
[問に答える代わりに、浴衣を手にした娘が再び駆け降りてきて]
いい加減浴衣の着付けくらい覚えなさい。
ほら、動かない。
父さんの髪そっくり。
扱いにくいったらないわ。
[結い上げた髪をぽんと叩いた]
でもね、本当だったら素敵だなって思ったの。
[慌ただしく下駄を引っ掛けた背中をいってらっしゃいと見送った後、語りかけた相手は去年と変わらぬ姿]
あら、心配?
大丈夫。お友達って言ってたわ。
わたしも婦人会、いってくるね。
[言いながら財布と携帯だけ放り込んだ小さな鞄を手にとった]
[追憶に意識が吸い込まれそうになる、
その刹那を掬うように声をかけられた。
我に返る作家は、
会釈に足りない身動ぎと目礼をする。]
ああ、すまない。
[目の前の若者に、"会った"とも
"見かけた"とも言うのは何か違う気がして]
思い出の中に、
君がいた気がしたんだ。
[作家の補足は奇妙な言い回しになった*。]
あ、いえ、別にその……。
[すまない、と詫び言をいわれてしまった。
因縁をつけてしまったように思われたかと、少々困ってしまう。
──が。]
思い出の、なかに、ですか?
[あまりにも予想外な言葉が続いた。
思わず相手の顔をまじまじと見つめる。]
それは、今のこの僕?それとも──
そう問いかけた相手の顔に、何か見覚えがあるような気がして。
……ああ、ごめんなさい。変な突っ込み方をしちゃった。
[相手の顔から視線を外して、ぺこりと頭を下げた。
この人は、多分土地の人でも近隣の県の人でもないのだろう。
そう、さっきの相手の言葉を思い出しながら考える。**]
……
[瞬く作家が無言で首を横に振ったのは、
詮無い謝罪合戦になるのを防ぐ些細な業か
はたまた『今のこの僕』を否定したものか。
まじと見つめられても、掠めた思い出は
未だ相手と共有するものではなくて――]
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