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―村の外れ―
[極光舞う明けることのない夜空。
止んだ遠吠え――本来はそう在るべき静寂に、戸惑いを感じていたことに驚いた。
俯き、少女の魂の平安を――せめて、祈り。
そのまま、立ち並ぶ家の外れに佇む自宅へと帰還した]
[己に連なる狼たちは、ただ黙してその儀式を見つめていた。少女の身体に集る狼を。吹きあがる鮮血を。
滅びが始まる。ただ、それだけを感じながら。
――その鮮血の香りが鼻をついた時、静謐であったはずの視線がかすかに揺らいだ]
[己に連なる狼たちは、ただ黙してその儀式を見つめている。
蛇使いの女が、少女の耳を噛み切り、少女の躯を食い荒らす様を、黙して。爛々と輝きだす瞳、ひくひくと鳴り出す鼻。しかしまだ、狼たちは黙している。口の端から見紛うことのあり得ない涎を垂らしながら、何も動かない]
…随分と、味わいながら、喰う……
見せつけずとも、……分かっていると、言うに……
[絞り出す声は、呻きのそれか、それとも――
群れを率いるモノのひとつは、自覚する。餌に乏しい冬の狼は、目の前で流される血の香に決して抗えはしないのだと]
―自宅―
[木でできた粗末な小屋。
戸を開ければ、織り込まれた絨毯の上に何冊かの本が散らばっている光景が目に入るだろうか。
洒落ているのは帽子だけ。男は自身の身辺に関しては、存外に無頓着な方であった。まずはその帽子を脱いで、壁の適当なフックにかけた。
一冊の本を取り上げ、開こうとし――やめる。
頭をどこか重そうに数度振って、部屋の奥の寝床に横たわる。
一度額に手を当て、呻く。数度の瞬きののち、意識は浅くどろどろとした眠りに引きずり込まれていった。
時間がくれば、例え外が白まずとも男は目を覚ますだろう**]
[やがて意識が浮上すれば、わずかに頭を振って起き上がり、帽子をひっつかむ。
幼さの残る顔をその唾の下に隠し、小屋の扉を音を当てて開いた。
篝火の燃える音が耳に届き、小さく顔をしかめた]
[取り囲む気配は、嫌でも感じられた。
帽子の唾をひっつかみ、乱暴に祭壇へと続く道へと一歩踏み出して――振り返る。
人影が、見えた気がしたからだ]
あれは、獣医の……
[宵闇のせいで、こちらの姿は見えないだろうか。
だが、ぽつりと呟いた言葉は確かに空気を揺らがせる]
ウルスラ。
[名を呼ばれれば、わずかに安堵したように声を緩ませて。
片手をひらりと振り、女のほうへと踏み出した]
……流石に気になるさ。
だが、…結果は、もう分かり切っているだろう。
[祭壇に目を向け、肩を竦めた。
そして、女に向き直る]
稼いでくれた時間だ。有効に使わねばならぬ。
分かっては居るのだが……
――ああ、そうだ。
誰も語らぬ、力があったとしても、誰もそれを見せぬだろう。
見せた相手が、もしも狼だったら。……己の明日を繋ぐ命は無残に食い荒らされるかもしれない。
[ひょっとしたら、似た思考を展開していたのかもしれない。
疑いあう同士だという事実の認識が薄れたわけではないが、わずかに声が緩んだ]
手がかりがほしいのは、私も同じだ。
だが、どうそれを得ればよいのか。それが全く分からない。
名乗り出るとすれば、狼使いを見つけた時、か……。
確かに、その時点まで潜んでおくべきなのだろうな。早く見つけて名乗り出てもらいたいものだよ。……狼の気配が、消えたわけではないのだからな。
[消えぬどころか、ますます強まっている感すらする。
世間体のように語る女の様子には、こちらも妙に納得してしまった。
掴もうと構えているのに、何も感触がない。つまり、とてつもなくもどかしいのだ]
一応、聞いておく。
『お前』は、どうだ?
意思を押さえつけて操る……
[一度背後を振り返ってから、大きく嘆息した]
だとしたら、狼の視線などあてにはならぬという訳か。
狼使いの視線は、少なくとも見た目上は人間のものだからな……
[帽子の唾に再び指をかけ、行き場のなくなった視線を足元へと落とした。
女が己のことを語れば、口元を吊り上げ、頷く]
とりあえず、『今』はそう信じさせていただくとしよう。
意思を押さえつけて操る……
ときどき、私が狼を操っているのか。
狼に私が操られているのか。
分からなくなる時がある。
お前は、どうだ?
[長い間狼と心を共にしたそれは、対となるものにふと声をかける。
ただ、思いついたように]
早く決着をつけなければ、まずいな。
[狼使いについて語る女。
瞳を伏せてそれを聞き――短く返した。
時間を与えてはならない]
ああ、そうだな。訪ねたた以上、私にも答える義務がある。
『私には、何もない』と。
[どこか投げやりにそう言って、口元にはっきりとした笑みを浮かべた]
…ドロテアのくれた時間を有効に使うこと。
それが、せめてもの彼女への手向けとなることを信じている。
もっとも、彼女の心のうちなんて分からないからな。
迷惑に思われるだけかも知れんが。
[吊り上げた口元が、崩れて。
く、と喉の奥から、何ともつかない響きの声が、漏れた]
――ああ。私も、しっかり声に出して言っておくべきだと思っていたのでな。
お前という人間が聞いてくれて、嬉しいよ。
感謝する。
[ゆっくりと頷く。そして黒い外套の裾を翻して――ゆっくりとその場から歩み去った**]
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