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リウ、ね。
[少女の名を復唱してからまた茶を飲みかけて、ごほり。口元を押さえ、ごほごほとむせながら]
……や、泥棒では、ないよ。
うっかり道に迷って、ね。**
私は道に迷っていた。それは事実だ。目的地を、目的を、忘却してしまっていたとしても。それとてそのうちに思い出す筈だ。
まだ物忘れに悩む歳ではない、のだから。
大丈夫。少しむせただけだ。
[心配げなリウに、首を縦に振って答え。続く問いに]
私は……
ん。それは、有難い話だけれど。
[言いかけたのをまた、忘れてしまったかのように止め。新しく人の気配や声があれば、ふと廊下の方を見やった*だろうか*]
行かなければならない所だった、ような気がしたのだが。未だに思い出せる気配はない上、今また森を歩いても迷うばかりではないかと思った。急ぐ必要はない、というより、急ぐべきではないのだろうか。
[広間から賑やかな玄関の方を見。此方を見られれば、一たびの礼を。床に手をつき立ち上がりかけるが]
……う。
[足が痺れていたのか、一寸よろけた。ふう、と溜息]
[蝋燭に気付いたらしい二人を、様子を窺うように見ていたが。その視線はふと、壁面へと向き]
――地球を、七回半。
[そこには薄明かりが照らす黒板。少しく目を細めながら、男は白墨で走り書きされた文字を読み上げる。
後、卓上の束からノート一冊と鉛筆一本を取り。どこかの頁に、その短い文を*書き留めておいた*]
地球を七回半。
私は心の中でもう一度その言葉を繰り返した。地球を七回半とは、どういう意味だろう? 素直に考えれば七周半する、という事だろうか。
そこまで考えてふと、思い出した。
そうだ、地球を七回半とは。
光が一秒に進む距離、だ。
地球を七回半。
確か……光が一秒に進む距離、だ。
……そこに書いてあるのが、そういう意味なのかは知らないけれど。
[リウに向けてまた繰り返し、言葉を足してから]
……。
客、なのかな?
迷子になったから、お邪魔させて貰っているんだよ。
[おじさんと呼ばれたのには、ほんのり落ち込んだようだったが。一言ずつ考えるようにしつつ、*ルリに答え*]
おじさんと呼ばれたのは、正直なところなかなかショックだった。普段子供と接する機会などないので、そういった事への耐性が薄いせいもあるかもしれない。
そこはかとなく沈んだ気持ちになりながら、しかし同時に仕方のない事だと納得もする。こんな小さな子供から見れば私など確かにおじさんなのだ。リウと名乗った少女とてそうだ。彼女もまだ十幾つという歳だろう。
三十二。そうだ、私はもう三年も前に三十路を迎えてしまったのだ。いつまでも若者気分ではいられない。とはいえ、特別若さを気取っていたわけではないが――
今見える星が本当にそこにあるのかはわからない。
同じように、今見えている宇宙も……
遠い端ではもう終わり始めているのかもしれない。
[レンの説明に、詩か何かを読むように続け。羊羹を勧められれば、頂くよ、と頷いて]
ああ、私はフユキという。
迷子、なんだろうね。目的地を見失ってしまったから。
[肯定に続けた言葉はどこか曖昧に]
怪しい奴。……
危険人物は来ない事を祈ろう。
光にはまだ遠い、かな?
[七回転半して息を切らすリウに、首を傾げ。その後黒板に何かを書き付ける様を見守る。やがて書き終えられた文字とキリンの絵とを見て]
ああ。何か学校のようだね。
出席簿も必要になるかな。
[日付の部分を幾分注視していたが、ふと目を逸らし。広げられたノートの白い頁を一瞥した]
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