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[物体をすり抜ける存在となろうとも、
老婆の能力そのままに、遅れがちな歩みになる。
通りの看板の一つへ片足が触れても、
何の感触も返らない。
不意に、周波数の合わないラジオじみた感覚、
それから、少女の叫び。]
――わ ぷ !
[アンとぶつかった。]
……タカハル君は……
ボタンさんは……
あの声、は……一体、何なの……?
[タカハルが去ると程無くして頭痛が治まったが、立ち上がりはしないままに、呟いた]
ねえ。貴方は……
教えては、くれないんですか? ……
[問い掛けは自分に言葉を託す「声」に向け。それに返事はなく、ただ、雨の音が*続いていた*]
…
[答えを必要とせぬ態で首を振るンガムラに、男は沈黙を渡す。
『魂とか幽霊とかオバケとか』――繰り返される言葉にも。
軽トラへ走り戻る背をじっと見詰める。無論、「みえない」。]
―― 良かとですか ?
[移民の男のつぶやきは、ンガムラに向けられてはいなかった。
彼が乗る運転席の隣…空の助手席に在る気配へ。]
こりゃぁ!
しっかり前向いて歩かんかい!
[自分の不注意を棚に上げ、相手を責めた。
直後、]
おんやぁ、アン、
なるほど、そこの薬局の前の人形は撫でられないが、
おまえさんには触れるんじゃのう。
[一人頷くと、
掌をあててみようとした先は、アンの頭。*]
[くす、と手を焼く態で聴こえる笑みは、しらない女のもの。
ンガムラにはきこえない声―― 移民の男は、ペダルを踏む。
キコ… 走り出す自転車。……遅れ、ばさりと傘が開いた。]
セイジ !!
[雨の中、蹲っているセイジを見つけると急ぎ向かう。
あんころ餅屋の脇へ自転車を凭れさせると、駆け寄って]
ボタンの婆っばんのことは、俺にも…「わかった」。
ちっと 休め、お前――
アンの「声」が、 お前ンこつ 心配しぃちょっで。
[ばしゃ、と片膝をつくと、男は傘を持たぬほうの腕で
セイジの腕を取って己の首へと回させる。]
すンません、大将…! 軒先、お借りさせっ貰ろで!!
…
キク嬢ちゃんも 消えた て。
ボタンの婆っばん だけじゃ 無かとやな?
[アンに聞いた名は出さず、セイジが落ち着いてきた頃に聴く。
交わす会話の中では、
アンとギンスイが酷く彼を案じていることも伝え]
…俺も、婆っばんに 訊いてみっで。
何ごて こげなこつに なったか――
[現れ、駆け寄ってきた姿に]
……ヌイさん。僕は……
[大丈夫だと言おうとしたが、自分の顔色を、説得力のなさを思ってか、ただ頷くのみに留めた。ボタンの事がわかったと言ったのには、少しばかり表情を緩めたが]
……アンちゃんが……
[耳に届く名前にリコーダーをぐっと握った。あんころ餅屋の縁台に座らされて]
……キクコ、ちゃんも?
アンちゃんと、ギンスイ君……
皆は、今どうして……?
[暫くしてからヌイが出した幾つかの名前に、そう尋ねる。彼が彼女らの行く末を知っているらしいと、改めて察せられて。
ただ、返事を聞く前に]
……ヌイさんの、言った通り。
ボタンさんだけじゃ、なかったみたいです。
[ぽつりと、先の確認に答えた]
もう一人……
[少しく、逡巡の間があり]
……タカハル君、が。
[その名を告げる]
それがわかって、誰かに言わなくちゃと思って……
外に出たら、丁度、タカハル君に会ったんです。
……いつものタカハル君とは、違いました。
もっと雨を降らさなきゃ、堰はこえられない……そんな事を、言ってて。
タカハル君じゃない声が……一緒に、聞こえました。
その声は……縛から、開放されたい、と。
[呟くように、先程見聞きした事を伝え]
それで、どこかに走っていって……
追おうとしたけど、追えなくて……
[悔やむよう、眉を下げて俯き]
川の方に……向かったんだと、思います。
……。タカハル君……
[その方向を一瞥する。髪から滴った雨の雫が、ぽたりと膝の上に*落ちた*]
『それでもまだ昼間はつらくって、夜の方が調子が良いけれど。』
[鮮やかな花柄のてるてる坊主が、くるり回る。]
『うふふ うふふ 晴天の続いたこの村は
わたしのことなんて すっかり忘れてしまったみたい
くやしいから 雨をプレゼント 』
『そして あのひとが 遠くへゆけるように 』
『セイジ?』
[ヌイの肩を借り、座ったセイジを認めれば、]
『だいじょうぶ?』
[その様を、まるで気遣う響きの声となる。]
『アンもセイジを心配してるみたい。
またセイジとアンとが一緒になって、安心できるといいね ふふふ』
[それが不可能である事を忘れたように、
老婆は、てるてる坊主の、裾の端で咲き零れる花びらを近寄せて、濡れたセイジの髪を拭おうとした。]
[ヌイがちゃんと傘をさしたのかも見ず、グッとアクセルを踏み込む。
『五人』の家族たちが、そして村の人々が、雨の中を捜索する横をすり抜けた]
じゃあ何なら信じるんだよ。
[自嘲のち、舌を打った。
視界不良の雨の中、軽トラは裏山へと*進んでいく*]
[朝になり、父はギンスイを探しに出た。母は床に座ったまま、電話機を食い入るように見つめている。姉はその母を気遣いながら、食事の支度をしている]
[玄関の扉を通り抜け、外へ出た。近所の人々が話す内容を、耳に留める]
……アンは、どっかで聞いてしもうたじゃろか。
ネギヤさんの「体」が見つかって、消えてしもうたこと。
ワシ、言えんかった。
ネギヤさんは、ワシらとは違うことになっとるて、ヌイが言うたこと。
……すまん。
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