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『セイジ?』
[ヌイの肩を借り、座ったセイジを認めれば、]
『だいじょうぶ?』
[その様を、まるで気遣う響きの声となる。]
『アンもセイジを心配してるみたい。
またセイジとアンとが一緒になって、安心できるといいね ふふふ』
[それが不可能である事を忘れたように、
老婆は、てるてる坊主の、裾の端で咲き零れる花びらを近寄せて、濡れたセイジの髪を拭おうとした。]
[ヌイがちゃんと傘をさしたのかも見ず、グッとアクセルを踏み込む。
『五人』の家族たちが、そして村の人々が、雨の中を捜索する横をすり抜けた]
じゃあ何なら信じるんだよ。
[自嘲のち、舌を打った。
視界不良の雨の中、軽トラは裏山へと*進んでいく*]
[朝になり、父はギンスイを探しに出た。母は床に座ったまま、電話機を食い入るように見つめている。姉はその母を気遣いながら、食事の支度をしている]
[玄関の扉を通り抜け、外へ出た。近所の人々が話す内容を、耳に留める]
……アンは、どっかで聞いてしもうたじゃろか。
ネギヤさんの「体」が見つかって、消えてしもうたこと。
ワシ、言えんかった。
ネギヤさんは、ワシらとは違うことになっとるて、ヌイが言うたこと。
……すまん。
……!?
今の、アンの声か?
[遠く聞こえる、悲痛な叫び>>+13]
やっぱり、ネギヤさんのこと聞いて……いや。
セイジを助けろて、いったい、何が……!
[アンの言葉を聞き取ると、村の通りへ飛び出した]
アン、セイジ、どこじゃ!?
ええい、セイジには聞こえんか。アン、どこじゃ!セイジがどうした!?
[その叫びは、村の人々がアンを、自分を呼ぶ声と重なって]
え……
今、キクコが呼ばれとったか?
ボタン婆ちゃんも?
ふたりも、おらんようになったんか!?
いったい、何がどうなっとるんじゃ!
キクコ、ボタン婆ちゃん!ワシの声、聞こえるか?
アン、どこにおるんじゃ!
[いくつもの名を呼びながら、駆ける]
[昨日の夜にあったことが
何もなかったかのように目を覚まし、畑に向かう。
そこに咲いているのは、相も変わらず褪せた色の花]
……昨日も寒かったしね。
これ以上はどうにもならないのかな……。
早く暖かくなればいいのに。
[案じたあんころ餅屋の主が、ぬるめに淹れた茶を持ってくる。
手短に礼を添え受け取ると、ぽつぽつと話し出すセイジに渡し]
―― タカハル が したと か。
ん。堰を、越える。 …そんで 川か。
[普通ではない死なせかた。普通ではない「仏さん」。
不可解には不可解なりの繋がり――戸惑うまま男は受け取る。
ゆらりと動く視線は、とらえられないものを探すよう動く。]
… ほ 婆っばん。
きこえる と わかる は ちっと違ごおぞ。
[えび茶いろの傘はみえないが雨が傘を叩く音はきこえる。]
…
お前ンさあ、 何ぃか。
[「お前さまは、何か」
――老婆のものでない声へ男は低く言う。]
おはんな、誰ぃさあな。
[「お前は、何さまだ」
――老婆のものでない声へ男は低く言う。]
『わたしのことなんて
すっかり忘れてしまったみたい』?
『 くやしいから ―― 』 ?
[ずっと胸にあった静かな憤りは声を掬う調子に滲む。]
…そン気持ちで、婆っばんに つけこんだ とか。
お参りが減ってお社の力が弱まったから て 何ンか。
…『あのひと』は タカハルんこつ か?
ひとの願い 破るなら その望み 潰えろ。
―――― 叶える気の 無か 手で
セイジに 触ンな !!
…よウ。
蜂でん、刺すときァ 命懸け じゃっど。
[声は押し殺すとも、移民の男は人目を憚らず在る。
その視線は確かに老婆の目の高さへ宛てたものと思しく]
お前が 懸けたは、自分の命ですら 無か。
婆っばん、 握り飯が いつもうまかったのは
俺の腹が 減っちょった だけじゃ 無か。
婆っばん、「そいつ」は 婆っばんに 似とらん。
[さわれない手が、宙をみえないままに摩る。
虚空へ描き出すのは、ボタンの頬のかたち。]
婆っばん、「そいつ」は ――叱って やらんとか?
てるてるぼーず、てるぼーず……。
[川原に生える木の枝の上。
川面に張り出すそこに腰掛け、ぼんやりと歌いながら、傘を回す]
もーちょっと、かな。
……あと、少し。
[呟く目が見つめるのは、増水して色の沈んだ水の流れ]
[渡されたぬるめの茶を一口二口飲みながら。婆っばん、と誰かに話しかけるようなヌイの声を聞く。頭を過ぎったのはボタンの姿。それにも表情へ驚きを滲ませたが、続く「やりとり」には一層困惑と――少しの緊張を浮かべてヌイの様子を見届けた]
……
お社の……、!?
[突然強い口調と共に引き寄せられれば、刹那、目を見開き]
……ヌイさん。……そこに、ボタンさんがいるんですが?
何かが……いるんですが?
[呟くように。持たされた傘を握り締め]
あ……僕は、大丈夫です。歩けます。……
[背負われれば慌てたようにそう言った。無理に降りようともしなかったが]
…うん。
歩く じゃ 急がれん、セイジ。 川、連れてく。
[だ、とそのまま河原のほうへ――
下り船の船着き場を目指し、男は駆け出す。]
タカハルを取られっとじゃ 無かぞ。 …ぜったい
[後に残るは、置き去りにされた自転車。
緩んでいた荷台の紐がほどけて――トランクふたつが、落ちる。
弾みで開いた蓋から、わんわんと雨空へ飛び立つ熊ン蜂。
あかい蜂たちはアンに、
しろい蜂たちはネギヤに、
みどりの蜂たちはキクコに、
きいろい蜂たちはボタンに、
むらさきの蜂たちはギンスイに――――
あおい蜂たちはンガムラと共にある存在へ、柔く懐いて。
涙雨の空に、縒りあわせるには、たりない虹を*かける*]
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