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『やあやあ、どうやら無事に見つかったみたいだねー☆』
[近くで揺れる朝顔の茂みから、ぽぽーん、という感じで飛び出した兎は、しゅたっ! と着地しながらお気楽な口調でこう言った。
それと同時に海の水がざざっと円形に引いて、沈んでいたものたちが姿を見せる。
兎がひょい、と手を上に上げたなら、現れた『鍵』と『螺子』はふわっふわのその手の上へ。
それらが放つやわらかなあおい光に、兎はどこか満足げに目を細めた]
『……ああ。
見つかったんだね、『自分がどうしたいか』の、最適解』
[ぽつ、と小さく呟いた後、兎はくるりとその場で一回転して、それから。
手にした『鍵』を空中に向けてつき出し、くるり、と回した。
かちり、と小さな音が響く]
『さがしたいもの、さがせないもの』
『むきあいたいもの、むきあいたくないもの』
『わすれたいもの、おもいだしたいもの』
『……『刻』は、ほしいものといらないものがたくさん交差して、編まれてる』
『絶対の正解なんて、どこにもないんだよね』
[歌うような言葉と共に、突き出されるのは『螺子』。
それが回るに合わせて、きりきり、きりり、と音がする]
『でも、それなら、自分がほんとに望むものに』
『手を伸ばして、先へと進む』
『それが、『世界』を生かす力にかわるんだ』
[きり、きりり]
[兎の手の中回る『螺子』]
[やがて、鳴り響くのは時計の鐘の音12回]
[直後、かしゃん、と何かが砕ける音が響きわたった]
[それは、世界を隔てる壁が砕ける音]
『さぁて、これにてぼくのお仕事しゅーりょー!』
『いやあ、完全に沈む前に間に合ってよかったね!』
『あとは、望む時に望む場所に帰れるはずだよ!
……うん、多分、ね!』
[最後の最後に不安な事を言い残し。
兎は手にした『鍵』と『螺子』を空へと投げ上げる。
投げ上げられたそれは光を放ち、その粒子が沈んでいたものに、『鍵』と『螺子』を抱えていたものたちに降り注ぐ。
光の粒子がちらちらと舞い落ちる中、くるり、踵を返した兎はてんてん、てんてん、跳ねて、消えた。**]
[逸る心そのままに、波音に向かって駆けていく。
その先が正しいという確証は無かったけれど、でも]
── 呼んでる。
[こっち。こっちだよ。
幼いコエが、誘導するように聞こえてくる。
あの子のコエ。
大好きだった、大好きな、大好きなのに記憶に封じ込めていた、あの子のコエが]
[あの子と二人、あのおじいさんとおばあさんの前で歌を作ったのは小学校に上がる前の夏。
補助輪の取れたばかりの自転車で頑張って遊びに来た海で、一番最初にできた友達で、初恋の男の子で]
『イマリちゃん、お歌じょうずだね』
『ボクね、イマリちゃんの声、だいすきなんだ』
『おっきくなったら、ボクのおよめさんになって、ボクのピアノで歌ってくれる?』
うん、いいよ。
イマリ、歌うのも、 ──くんのピアノもだいすきだもん。
だからね、イマリ、──くんのおよめさんになるよ。
[そんな、先の未来を話して、笑いあって。
これからずっとこんな風に、一緒に居るんだって思っていた]
[でも、夏も終わるある日、あの子は約束の時間を過ぎてもなかなか、来なくて。
そろそろ家に帰らなきゃいけない時間になって、ようやく来てくれたその口から告げられたのは、思いもよらないことだった]
『ごめん。イマリちゃん』
『ボク、イマリちゃんをおよめさんに、できなくなったんだ』
『ごめん。 …ごめんね』
[そういって悲痛に沈む表情を俯かせるあの子は、どんな気持ちでいたのだろう。
幼いアタシは、あの子がどうしてこんな事を言い出したか、その理由を思い遣ることすら出来なかった。
ただ、約束を反故にされる悲しみと、憤りと、困惑が頭の中をいっぱいにして。
ひどい、どうして、うそつき。そんな言葉ばかりを投げつけたあと]
もう良い!
──くんなんか、だいっきらい!
[心にも無かった、けれど決定的な亀裂を刻み付ける言葉を吐いて、あの子の前から逃げ出した。
家に帰って、自分の言葉に後悔して。
次に会う時にはちゃんと謝ろう、嫌いなんて嘘だって伝えよう。
そう考えていたけれど。
あの子から、二度と連絡が来ることは無く。
次にあの子と会えた時には、声を交わすことは出来なくなっていた]
[あの時のことを思い返して、一番に浮かぶのは。
黒い服を着た人達がたくさん居て、その中心に眠るあの子の顔。
一緒に歌を歌って、ピアノを弾いて。
楽しいねって笑い合った時と同じ、優しい顔のまま、冷たい木の箱の中にいる、あの子の顔。
アタシは周りの人達と同じ黒い服で、両親に手を引かれて。
あの子のお母さんに呼ばれて、元々先天性の病気だったこと、療養の為にこの街に来ていたってこと。
表向きは元気だったからあの子には大したこと無いと言っていて、けれど誘発された合併症のせいで誤魔化しきれなくなって。
こうなったからには頑張って病気と戦おう、そう決めた矢先だったと聞かされた。
それから、息子と仲良くしてくれてありがとう、と泣いてる顔で微笑まれて。
それまで呆然としていたアタシの感情は、決壊した]
ちがう、ちがう、ちがう!
アタシ、ありがとうなんて、言われたらダメなの!
だってアタシ、ひどいこといった!
きらいだって、うそつきって、いっぱい言って、
なのに、ごめんねって、言ってない
──くんに、かなしい思い、させたままで
もう、会えない、なんて
おもって、なかった
[嗚咽混じりに叫んだ言葉を、あの子のお母さんは、どう思ったんだろう。
優しく頭を撫でるその手に隠れて、表情は見えなくて。
両親がアタシの代わりに謝罪してくれた後、そのままアタシは家に帰って。
記憶を封じ込めてしまったのは君と過ごしたすべてが苦しさに変わってしまったから]
[大好きなキミを、傷つけてしまったこと。
大好きなのに、キミの気持ちを考えることすらできなかったこと。
悲しいだけじゃない、罪悪感という名の自分の身勝手さも嫌だった。
そうして、アタシはずっと、君を閉じ込めたまま逃げてきた。
でも、本当は解ってたんだ。それじゃダメだってこと]
会いに、いくんだ。
遅くなってごめんって、傷つけてごめんって。
[見出された『鍵』と『螺子』。
見えぬ『時計』が開けられて、その螺子が巻かれていく。
綴られる言葉に突っ込みは入れなかった。
自身も思う所はあったから]
……って。
そこで、『多分』、かよっ。
[不安煽る言葉にだけは、突っ込みを入れて、舞い落ちる光に手のひらを向ける。
ふわり、と下りた光の粒が鎖で繋いだ二つの輪へとまた形を変えて。
それを懐に戻しつつ、円形に開けたままの海を振り返り]
おーい、無事かー?
[海へと引き込まれた者へ向けて、呼びかけた。*]
[海の藍に染まった鍵が空に浮かび、陽の光のような金色の光を放つ螺子が辺り照らして、やがて時は動き出す。]
会いに行こう。
[俺は、繋がった、そらとうみの底で、いつのまにか、立ち上がっていた娘に手を差し伸べた。
会いに行こう、君の会いたい人に、俺の、会いたい人に。]
きっと、それが、俺たちの最適解ってやつだろ?
[青い朝顔柄の浴衣を着た娘は、ふわり微笑んで光に溶けた。差し伸べた手には、深い青の朝顔の花一輪]
だいじょーぶ、生きてるぜー
[無事を問う夏神に、そう応えて、俺は朝顔を手に砂浜へと歩いて戻る。いつのまにか砂浜には人影が増えていた]
あんたらも、見つけたかい?最適解てやつ。
[答えはどうだったか、どちらにしても、俺の心は決まってた]
俺はそろそろ帰るよ。やんなきゃならないことが出来たしな。
ああ、もし、気が向いたら、ネットで「化粧師夏生」って検索してみてよ。そのうちブログに近況報告するからさ。
[じゃあな、と手にした朝顔を、挨拶代わりに振って…]
うっわあ、あっさりしてんなあ。
[気づけばもう、俺は美容室の前に居た。手の中には青い朝顔、うん、夢じゃない。]
よし!
[気合いを入れてまず最初にしたのは、懐の中の速達を引っ張り出して開くこと。そして]
ただいま、かーさん。俺、ちょっと明日店休んで出掛けてくるから。
[なんなの急に?と呆れ顔のお袋には構わず、朝顔をコップにいけて窓辺に飾る]
絵を見に行くんだ。
[速達で届けられたのは、ひとつの小さな新聞記事のコピー。長年行方知れずだった画家の絵が見つかったこと、それを記念する展示会が、明日から開かれること。
その場所は、絵が発見されたその建物。
若き日に、画家と駆け落ちしたという娘が、晩年を過ごしたという海辺の別荘だった]
あと、出来たら嫁さん連れて帰る。
きみをたづねて いつまでも**
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