― 翌朝・廊下 ―
[明け方に見たのは、稚い頃の夢。
顔色は悪くも、気分はいくらか落ち着いた。
朝食をとろうと、食堂へ向かう。
廊下の板張りを踏む素足が、ぬるりと滑った。]
え、なん、……これ……。
[赤黒い液体は、――ツキハナの部屋から。
絶叫は、宿屋中に*響いた*]
ねえお医者さま?
死にたいと思う人に毒を差し上げるのが、お仕事なのかしら?
わたくし、そんな人を助けるのがお医者さまだと思ってましたわ。
ずいぶんと思い切りのよろしいこと…
[その口調は、糾弾ではない。嘲笑まじりの笑い声。]
…わかりますわ。
女将さんがあやかしさまなら、
その日は、貴方があやかしさまにならずに済みますものね…
ねえ。女将さんはあやかしだったのかしら。
お医者様…貴方、その白衣に賭けてそう断言できるのかしら?
[嘲笑を含んだ笑みは、いつになく鋭い眼光に取って代わり、
ユウキを射抜くように見つめていた。**]
わたくし問いかけますわ。
そして…女将さんを死に追いやった方々にこそ問いかけますの…
女将さんはあやかしさまだったのかしら。そう断言できるのかしら。
断言できないなら、女将さんを殺めた貴方の隣人は、何者なの!
…あやかしさまは、あなた方の中に居ますわ。
[挑発するような台詞とは裏腹に、
少女は、表情を隠すように顔を伏せた。**]
今日は炊き込みご飯よ。
[使い古しの木桶からお玉でよそう動作。
あかい液体が注がれ、しかし、ちゃぶ台に置かれたときには椀の中はカラ。
傍らにはいつの間にかアンの姿も]
ツキハナにあげる。
[幼子は、シロツメクサの指輪をツキハナの指にはめようと手を伸ばす。
ちゃぶ台に並ぶ食器は、*四人分*]
ほんとう? わたし、炊き込みごはん、大好き。
[空の容器に満たされる事のない、食卓。
いつの間にかそこにはアンの姿もあり。]
お花のゆびわ? おねえちゃま、ありがとう!
[手を伸ばし、受け取ろうとした瞬間。
気付く*食器の違和感*]
お姉ちゃま。これは?
― 翌朝・自室 ―
[一晩中お茶の香りが鼻についた。
ゼンジの点てるようなお茶の香りでなく]
……ゲッカさん。
[宿にある、蕎麦茶の香り。ゲッカが初めて自分にくれたお茶――自分が彼女に持って行こうとしたそれ。
眠れぬまま、部屋の戸口に寄りかかったまま迎えた朝の静寂は]
しまった!?
[絶叫によって破られた。
廊下に飛び出すと、ンガムラの姿目指して、駆ける*]
─ 翌朝 ─
女将さんは……
[自警団に連れて行かれた後、どうなってしまったのだろう。
そんな事を考えつつ、布団をあげた後の部屋に座り込んでいた。]
?!あれは?
[ンガムラといったか、化粧師の悲鳴が響く。]
どうしました?
[声の方へ。**]
─ →廊下 ─
私と、ツキハナと、アンちゃんと、
[一人ずつ指差しては食器を示してゆく。
最後の一つで指を止めて]
私のことを嫌いな、あの子の分。
[空に浮かぶ朧月は、昨日のそれよりも*大きい*]
お姉ちゃまと、わたしと、アンちゃんと
[ひとりずつ、ひとつずつ。
刻まれる数。
だけと、最後のひとつだけは、欠けたまま。問いかけは幼い眼差しを向けたままに]
お姉ちゃまをきらいな…?
[姉を庇おうとした自らの言葉は、自警団には届かず。
ねむり薬を打たれた姉を、成す術もなく見送った後、半ば奪うように村医者から奪い取った注射器を手に、部屋へと閉じこもった。]
まやかしを…見抜く術よ、教えて?
もう、これ以上犠牲者が出るのはたくさん…
[自らが持つ力を世の中の言語に当てはめるのなら。
占術、それが一番近しいだろう。
江夏の女にはその力がある。
少なくても、自分と祖母はそうだった。]
[しかし新たな結果を得られる前に、
命を落としたらしい。
今は大切な紅が懐から零れ落ちそうになるのも止められず]
――っ…ンガムラさっ…
ほん…とうは、もっと…早くにっ、
[温かみのない涙を止める術もなく]
ううん、ずっと、ずっとンガムラさんのこと……
[施される死化粧をただ見つめながら。
初恋とも呼べぬ淡い好意も、唇から爆ぜることもなく、やがて総てが消えるだろう。]
何が?
[廊下に出た瞬間、血の臭いが感じられた。部屋の一つの前に、ンガムラと少年が立っている。]
……これは、惨い。
[覗き込んだ室内には、事切れたと思しき娘の姿が。]
……バク君でしたか、君は大丈夫ですか?
[ンガムラが娘に近寄って、顔を拭ってやるのを見ながら、立ち尽くす少年に問いかけた。]