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夏祭?今日だったかね。
……ああ、そういえば確かにそうだ。全く、一年経つのは早いもんだなあ。
[血圧の薬を取りに来た老女の口にした「今日のお祭」という言葉に、初めて催しの事を思い出した。]
坊やに、夜店で食い過ぎるなよと言っとくといいよ。
もう、あんたがおんぶしてウチ連れて来るには大きくなりすぎてるだろう。
[老女の孫が、祭が終わった夜更けに腹痛を訴えて、この診療所に来たのは何年前だっただろう?]
……そうだな、ちょいと覗くくらいにしとくつもりだがね。
お大事に。また後でな。
[老女を見送った後、ふと窓の外を見る。
そろそろ赤みを帯び始めた空には、ふんわりとした獣の毛並みを思わせる雲が浮かんでいた。**]
[あの時は5匹居た金魚も今では1匹]
(特大だけどな)
[咥え煙草で遠くに聞こえる祭りの音に耳を傾けていると
突然後ろの山がザワザワと鳴り涼しい風が吹きぬけた
飛び散った灰を池に落とすまい
一歩下がった所で周囲の気温が一気に下がったせいかヒグラシが一斉に鳴き始めた
カナカナカナ…]
(あぁ、この鳴き声は嫌いだ
父と最後に会った日も、先生の奥さんが亡くなった日も山でヒグラシが鳴いていた)
[書斎を覗くと作家先生は頭を抱えて結末に困っているようで]
(そろそろ結末でなくては困る)
[多少なり休憩できるように声を掛けた]
せんせー
俺ちょっと祭りでも見てきます
サボらずにちゃんと書き上げてくださいよー
よし、イイコだ
[持って来た木の枝を受け取り、犬の頭を撫でる]
さて首輪を付けるぞ
[赤い首輪は犬によく映える]
何食おうか
何しようか
お前用のゴムボールも手に入れようか
[指折り数えて、神社の方に歩き出す]
[弦の上に弓を滑らせる。
音が響く、連なる]
…………。
[手が止まれば、音も止まる。
譜面台を見る。
連なる音符が、今にも動き出しそうに見えた]
……ぁー…………もぅ。
あっついんだよ、この部屋!
[西日の射し込む音楽室。
ロケーション的には悪くない、絵にはなるだろう。
だけど]
こんな暑い中、自主練とかやってらんな……!
そうでなくたって、今日はお祭りなんだし、もう帰ろー!
[一緒に練習していた部活仲間に訴えたら、向こうもお祭りに行きたかったらしい。
また明日ね、と言う事で、話はついた]
ん、じゃーね、また明日ー!
[部屋を片付け、戸締りをして。
ディパックを背に、腕にバイオリンケースを抱えて急ぎ足。
家に帰る時間も惜しくて、祭り会場へ向けて直行した。**]
エッちゃんは祭りで何たべるんだ?俺っちがエッちゃんに何かおごってやっても、いいんだぜ!
へへっ、なんてったって、エッちゃんはかわいいからなっ。トクベツってやつだ!
[悪戯ガキんちょないつもの空気しか出せないが、それでも本人的には精一杯ませたようにエツコに言ってやるのだ。
がま口財布もきっと精一杯だろう。]
[エビコと向かう道の向こう
もうすぐ辿り着く神社のあたりの空をなんとなく見上げて]
きつねぐもだなー。そういやばあちゃんは、きつねぐもがなんだって言ってたっけか?
[『きつねぐも』の話はばあちゃんに口うるさく聞かされたりしたものだが……真面目に聞いていないガキんちょだ。はて、ばあちゃんはなんて言っていただろうか**]
[ぱたぱたと駆けて行く。
一度帰って浴衣に着替えてくる、とかすれば、可愛げの一つも出るのだろうけど、そんな風には頭は回らない。
今、頭にあるのは、祭りの空気に触れたいっていう、それだけで]
……あ。
[急ぎ駆けていた歩みがふっと止まる。
理由は、何気に見上げた空にかかる雲のせい]
なんだっけ、あれ……。
[祖父だか祖母だかが言っていた名前は、確か]
……きつねぐも?
[浮かんだそれを復唱する頃には、祭りはもう目の前。
意識はすぐに、空のくもからそちらへに向かう]
[暮れゆく空に浮かぶその雲の名は諦めて、袖の中でちゃりりと小銭を鳴らす。
楽しみだ、でも自分はもう酒さえ飲める歳。
十何年も前の過ちはもう流石にしないし、する訳にはいかない、なんて一人笑う。]
かき氷の食い過ぎで腹下し…
あん時ゃガキだったな。
[その分、祖母の腰はシャンとしていたし、今よりずっと元気だった。
今では随分老け込んで、今日も病院に行く>>15と言っていた、筈だ。
それでも「あんたは楽しんどいで」なんて言えるのだからまだまだ元気な方だ、と思う。]
ばあちゃんも誘えばよかったかなあ。
あー、や、じいちゃんと行くっつってたか。
[まあともかく、そろそろ出店に品が並び始める頃だろうか?]
[俺が子供の頃この村に住んでいた関係で担当者になったようなもんだ
3年前に転勤の辞令が出たが必死で止めたのが作家先生だった
少し前に奥さんが亡くなり酷く落ち込んでいた所で
縁も所縁もない担当者まで変わるならば筆を折ると
普段温和な作家先生が編集長に猛抗議の電話をかけてきた]
(縁ねぇ…)
[俺の父も若い頃は編集者だった
家に居る時間は短く働きづめだった父]
(今の俺も待遇は大して変わらんけどな
違うのは家庭がない位か)
[出版社は違えども若かりし作家先生の最初の担当者が俺の父だった
俺は遅くに出来た子だったから父は大変喜び
作家先生に名付け親になってもらったとかで
結構親密な関係にあったらしい
その後父は転勤になってしまったが
時折作家先生を訪ねて村を訪れていたようだ]
[今の出版社に就職して
偶然作家先生の担当になったのは縁が呼んだのだろうか]
[作家先生の家から祭り会場までは下り坂が続く
途中に子供の頃通っていたドウゼン先生の診療所があり
先生が窓から空を眺めていたので軽く挨拶をして]
先生、お久しぶりです
相変わらず難しい顔をしてますね
[先生の見ている先を振り返ると少し赤くなった雲が流れている]
(あれはきつねぐもだっけか…)
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