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......理由、知りたいなら、海に行くといいかも。
あそこに沈んでます、きっと...
[あの歌は、あの海の底から聞こえているから*]
[譜をそのまま弾くのは難しくないが、
タンゴらしい哀調や色気を音色に乗せるのは大変難しい。
自分の音色に納得がいかず、3回も弾き直したが、
音楽にこだわっている場合ではないのだと思い、
初音は弓をおろした。
大きく息を吐く。
名残惜しく思う気持ちを吐き出す。
ヴァイオリンと弓を丁寧にケースにおさめると、
学生鞄とともに片手で提げ、
初音は立ち上がった。
飴色の木製のドアを押し開いて通りへ出る。]
─ 診療所前の通り ─
[通りには誰もいない。
どこからか風鈴が鳴るばかりだ。
夏の日射しは遠慮なしに照りつけていて、
影の位置は最初の遊歩道のころから変わっていないように思えた。]
タイムリミットがあるなら、
残り時間がわかるよう教えてくれればいいのに……
[目の前にいない兎へ愚痴をこぼしながら、
初音は歩き出した。
海へ。]
[夏神という男と一緒に、海岸の方へと戻る道を歩き出す。
俺はもう、確信し始めていた。
「鍵」と「螺子」それが、人の中にあるのなら、それはきっと...]
[やがて、目の前に広がるのは鮮やかなあお。
砂浜のしろとのコントラストに目を細めつつ。
懐に手を入れ、そこに隠したもの──鎖に通した二つの指輪を軽く、握り締めた。*]
[懐に手を入れた夏神の仕草に、自分の懐にある手紙を思って、俺は、なんとなく笑ってしまった。
ああ、多分そうなんだろう。
懐に隠したものは、捨てたくて捨てられなくて、忘れようとして、決して忘れられないもの]
俺はね、海と朝顔に思い出があるんだ。
[言葉は、隣の男に聞かせるためか、海の底に隠れる何かに向かって落とすのか、俺自身にも判らない]
好きな女に、初めて出会ったのが夏の海で......彼女の好きな花が朝顔だった。
[朝顔は、夜に見た夢を朝に咲かせる花のようだと言った彼女は、眩しいくらいに真っすぐに、自分の夢を追いかけていて......俺は]
俺は、意気地が無くて、彼女を攫って来れなかった。
[都会で、同じ専門学校に通って、彼女はデザイナーを、俺はメイクアップアーティストを目指して......でも、俺は自分の限界を見てしまった。
1人で田舎に帰る、と告げた時、彼女の見せた悲しげな顔は、今も忘れられない]
そらのあお うみのあお
あしたさくはな あおいはな
[俺は歌を口ずさむ、波間に聞こえる声に重ねて]
[絵描きで詩人だった男は、肖像を頼まれた資産家の娘と恋に落ちて、駆け落ちした後病に倒れて.........娘とは別れさせられたんだという。
けれど、それでも]
『それでもきっと、ずっと好きだったのよ。
逢いたいって、思ってたの』
[彼女は確信している顔で、俺に、そう言った。それはきっと命の消えた後までも、と*]
……思い出?
[あおいろを見ながらぼんやりとしていたら唐突に始まった話。
途中口を挟まず、黙って聞いた後、ひとつ息を吐いて]
……夏の海なぁ。
あんまり、思い出ってないんだよなぁ、俺。
……ま、全然ないってわけじゃあないが。
[言いつつ、懐から引き出すのは鎖に通した二つの指輪。
これを渡したのも、返されたのも、どちらも夏の海だったなあ、と。
ぼんやり、思いかえすのはそんな事]
ある意味じゃあ、黒歴史、かね。
[独りごちる表情は、苦笑い]
[学生時代につき合っていた相手。
大学卒業と同時に家に戻る事は決まっていたから、一緒に来い、と言って、頷いてもらえて。
家的なあれこれがあったから式は挙げず籍だけ入れて、けれど。
その二年後、『一族会議で決まったから』という『家長命令』が下って別れさせられた。
……実際には、難病を発症した彼女が、自分から離れる、と父に申し出た事は知らない。
それは未だに隠されたままの理由]
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