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[――あなたたちの、生きる糧となれるなら。
咳き込む少年は首を絞める手を甘受する。
病弱な自分では、畑を耕す事もままならないから。]
[さいごにいちど、兄の顔がみたかった。]
――にいさん、たすけ、
[十にも満たぬ少年の命は、
願いも叶わずに、消え逝く。]
……――――――、
[司書の瞳が、映したものではない。
いつのものかもかも分からぬ記憶は、
ずっとずっと昔から、司書のなかにあった。]
[おまえのためなら、]
[声にはならず、唇が動く。]
[部屋にいたであろうユノラフに挨拶をし、大部屋へ。
増えた声の意味を確かめようと思ったのだ。]
オイ、イル……その声……トゥーリッキ?
どうして……だって、お前は、……
[謝罪を続ける彼女へ声をかけようとしとた時、もうひとつの声が聞こえてマティアスは驚いた表情をした。
なぜなら、聞こえた声は、昨日選ばれて死んだ筈の、トゥーリッキのものであったから。
しかしそこまで言いかけて、マティアスはそれが自分に限っては奇妙でも何でもない事を思い出す。
元より、生者と亡者の区別が出来ぬ性質であったではないか、と。]
……謝って済むような話じゃァねェが……済まん、な。
[申し訳なさそうにうつ向きながら、小声で謝罪を述べた。]
兄弟……、ねぇ。
[7歳の弟とは――髪も目も、色味が異なっていた。
母が厳しく弟に接していたので、理由を訊いた事がある。
薄々気づいていたが、納得のいく真実。
兄と弟は、―――母親が違う。]
髪の色も、目の色も違うけどな。
[ダグの言葉には訝しげに首を傾いだが、
目つきの悪さ辺りが似ているのかもしれない。
今は伏せられた瞼を見下ろしながら。
養蜂家の去り際の言葉を聞いて、口を開く。
ドロテアが彼に何を願ったのかは、知らず*]
お前、ないのか。
したい事とか、行ってみたい所とか
希望は何処にも無いのか
[>>40まるきし達観したような態度で横たわった侭、
クレストの手は、男の筋張った腕を掻きもしない。
簡単だ、体重を少し乗せれば良い。
頸椎をへし折るまでいかなくても、
気管を締めて血の泡を噴かせるなんて、造作もない事。]
―――…
[>>41兄を呼ぶ声に、首に添えてある手が硬った。
助けられなったもの、
戻った時には、腕を、足を絶たれて無残に転がっていたもの。
弟の面影の残る顔には、羽虫が舞っていた。
それを避けても、
ああ。琥珀のように綺麗な目が、目が、ない。]
……霊能者かどうかは、わからん。
俺ァ昔っから死んだ奴と生きた奴の区別が出来ない性質だったが……人間かどうかっつーのは、どうやったらわかるモンかわからねェんでな。
[やはり、と言うトゥーリッキには、やや申し訳なさそうに答える。
マティアスはこうして死んだ人間の声を聞く事ができたが、自覚しているのはそれだけだ。
相手が人間かそうでないかの判別など、した事もない。]
本当は……俺みてェなのが、死ぬべきだったんだけどなァ。本当に、お前さんには悪い事しちまった。
こんな目じゃァ、蛇は責任持って面倒見てやる、とも言えねェし……
[本来であれば、盲目と言う欠陥を持つ自分こそが死ぬべきだった、とマティアスは考えていた。
ただ、死ぬだけの勇気がなかった。立候補するのが怖かった。
だから、彼に押し付けた。]
……残念ながら、俺にゃァお前がナッキだったかどうかの区別の付け方がわからんがね。
ただ、今までさんざ聞いてきた死んだ人間の声と、何ら変わりゃしねェよ。
それに、本人がそう言うんなら、多分そうなんだろ。
[未だに、自らが霊能者と呼ばれる存在だとは信じがたい。
が、他に死人と語らう事の出来る者がいないのであれば、おそらく自分がそうなのだろう。
人間かそうでないかの区別の仕方は今一わからなかったが、何となく、彼は人間だったような気がした。]
……そうかァ。ありがとな。
お前の言葉は、ちゃんと伝えるからよ。他にも、言いたい事がありゃァ言ってくれな。
……俺も、覚悟決めねェと。
[トゥーリッキの声がする方向に頭を下げ、礼を述べる。
それから、何かを決めたように、ぼそりと呟いた。]*
―― 昨夜のこと ――
[最前、執拗に死者を呼び戻そうとする
養蜂家の肩を掴んだニルスが見た横顔は、
酷く頑なで、毫も譲歩する気のない其れ。
旅の蛇遣いへ謂われなき告発を突きつけ、
食い下がる相手の弁に一切黙するこの折も
半ば隠れた横顔は同種の色合いをしていた。
遊戯に模した惨劇や超常の能力者について
ミハイルが語る間は、旅人を追い出すための
ドアノブに手をかけたまま"待っていた"。]
[横合いからニルスが分析してみせた
人間心理の皮肉の数々は、果たして何割が
野歩きの男に宛てられたものだったか。
遠いはずの互いの間合いを稀にも割って、
理に添わない此方を止めようとした学者。
男は、それでも結局は放っておいてくれた彼に
応える如く、完うな毒舌を遮ることはしない。
――ユノラフと刺々しく応酬をするあいだも。]
[血まだらに染まった白蛇には触れず。
養蜂家は自らの手を汚さずに死へ追いやった
トゥーリッキの生温かい屍をひとり雪に埋め、
いつしか、
誰もいない2階の廊下をあるく。]
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