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[すれ違いざま、ヨシアキは管理人室へ向かったのだろう、とふと思った。使用済みの食器を片付けながら、静かに俯いたままのホズミに気づくと]
どうかしましたか
まだ頭痛が治まりませんか?
[心配そうに声をかけた]
『次?誰がいい?おねえさんが選んでいいよ』
『永遠に続くような、じわじわと染み入る恐怖を』
[代わる代わるに声が聞こえる。その声にわたしはくすくすと笑みを浮かべ]
誰が良いと思う?あのロッカって言う子?それともフユキさん?
あ、でもヨシアキくんはまだ駄目…。あの子は出来ればわたしの力で殺めたいの…。
[ちりりん ちりりん
弾む声は鈴の音と相俟って。かの人に届くだろうか?]
――人を。人を探していてね。
見つけたところだ。きっと、見つけたと思う。
[名を呼ばれても振り向かず、だがナオに答える。
薬屋は上着のポケットから手を出して、そっと人型を包む毛布をめくった。その顔を見る。
女だった。大人しそうな顔の。男の手は震えている。男は自分のそれに気づかずに、亡骸の頬に触れる]
……何だろう。苦しい。とても苦しい。
『冬樹さんは、あたし好き』
[幼子が照れたように言う。それを聞いた老人は、はは、と笑った]
『白い肌に、赤い文字。素敵』
[少女を思い浮かべ、唄うように女が言った]
ひとを…さがして?
[一点を見つめたまま答える薬屋さんに、わたしは首をかしげながらその動作をただ見つめていた。
やがて毛布に伸びた薬屋さんの手元から現れたのは――]
エビ…コ…さん?うそっ…そんな――
[わたしはその顔を見て息を呑み口許を手で覆う。
苦しいと呟く薬屋さんの言葉には、何も返せずに。]
『冬樹さんは、あたし好き』
『白い肌に、赤い文字。素敵』
[重なって聞こえる愉しそうな声。その言葉にわたしもくすくすと笑んで同意する。]
フユキさん…綺麗だよね。
きっと赤い文字がとっても似合いそう。
ね、今日はフユキさんにしようか?
[泣いたせいか顔が火照っている。彼らの死を考えては浮かぶ涙を拭いながら部屋を出る。台所から出汁の良い香りが漂ってくる。込上げてくる感情を沈めるために、外へ出た]
あ…置いてきちゃった。
[利用者帳を奥の部屋に忘れてきてしまった。空になった手が涼しい。]
[震える指でゆるゆると他の者の毛布もめくり、亡骸を確認する。乃木。そしてスグル。
薬屋は自分の震える指に気づいて、震えをとめるようにその指を噛む。ぶつりとかすかに肉を噛みきって指を離す]
自分にここまで反吐がでそうになることもないな。
[疲れたように言うと立ち上がった]
[ナオに優しい言葉をかける余裕もなく、出て行こうとして、思い出したように一つだけ言う]
乃木の意志は私が継ごう。
[少なくとも、そうしようとして死にたいものだ。
そう付け足して、*その部屋を出た*]
「そっちじゃなくて――」
[訂正が入る。続いて告げられた言葉に、わたしは思わず苦笑を漏らす。]
女の人が好みなの?
あ、でも女の人の方が、悲鳴は綺麗よね。
うん、じゃぁ今日は…その子にしちゃおうか?
[ちりりん――
鈴の音が鳴る。それはとても愉しそうに鳴る。わたしの心を反映するように]
[無意識に足を進めるうちに、初めに与えられた家屋にたどり着く。がらがらと音を立てて、玄関の扉を開く。ひんやりと冷えた部屋の空気が身を包む。]
一つ目の魂。
狂い咲くは魂。
黄泉に捧げては死を。
[歌うように刻まれた文字を唱える。湖と桜並木の見える窓辺に立つと、結露に濡れたガラス触れた。]
[薬屋さんの震える手が、新たに並んだ毛布を剥いで行く。そこでわたしは初めて毛布の数に気付く]
アンさん…エビコ…さん――そして他の二つは…?
[答えは聞かずとも薬屋さんの手で暴かれる。
次々現れる変わり果てた姿。]
そんなっ…人攫いさんまで…。
な・・・んで…?何でこんな事っ――
ねぇ!どうして?これもさくらの…根牢の呪いなの…?
[夢に出てきた言葉と同じ文字。消された名前。丸とバツ。]
…意味分かんないよ。
[指から温度が奪われていく。桜の木下に、人影を見た*気がした*]
[投げかけた問いは果して薬屋さんに向けたものだったろうか?
それはわたしにも解らなかった。
ただ、立ち去る間際。薬屋さんが零した言葉だけが救いに思えた。]
人攫いさんの意思…――
[それはどんな意思なのかは解らない。でも今わたしは…その言葉にただ縋るしかなく――]
こわい…こわいよ…ヨシアキくん――
[誰かに縋りたくて呟いた言葉は、仄かに温かい思いを寄せた歳の近い少年の*名前だった*]
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