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〔その後も何か言葉を続けようと、
口を開きかけるものの、唐突に移動する白。
それは杏奈の視界の側を通り男の顔へ。〕
―― … あ。
〔ぽか、と口を開けて漏らす音。
何の準備も無く、其れは男に直撃した。
表情にこそ表れぬものの、心配はしているのか。
投げた、と思しき相手と男を交互に見つめ〕
―― … ?
〔知り合いなのだろうか、と首を傾ぐ〕
〔暫く続くやりとりを。
杏奈は二人に興味深い視線を向ける事に、
終始し過ごすが、段々と其れは変質する。
会話の流れを必死で追いながらも、
二人、に向けていたものは風雪へ。
風雪のみを、熱の篭った視線で見つめている。〕
――。
〔彼らの会話の合間、口端が緩く動き。
空いた手が緩やかに握られ、開かれ。
何かを熟成させる様な挙動が見え隠れする。〕
〔"まさか、あの月乃風雪センセイなの?"〕
〔味気なく表現された杏奈を捕らえる言葉〕
〔疑惑の言の葉。
其れは幾枚も降り注ぎ杏奈の深淵に積もる。
行く宛ても、返答も無い葉は積もるばかり。
出してみようかと口から漏れ出そうになるが、
其れが葉書として出される事は無い。〕
――。
〔沈黙のまま、幾枚も、幾枚も。
降り注ぐ葉はやがて彼女の内を満たし、
逃げるように視線を逸らしては、
彼らの言葉を追い、共にハナミズキを仰ぐ。〕
〔彼らの楽しげなやりとりは耳に入って居ない。杏奈の心は降り積もる葉に覆われ、それ所ではなくなってしまっていたから。だから一言も紡ぐ事無く黙り続けては、まるで其れがハナミズキから降り注ぐ葉の様に、何処か切なげな表情で仰いでいる。〕
――。
〔結局、彼女が言の葉を出す事は無かった。
二人が管理棟へ行く、と言い出した後。
風雪が杏奈へ誘いの言葉をかけた時、〕
あ。
〔ようやく一人の世界から此方へ戻った程なのだから〕
〔きっと杏奈が風雪の挙動。
木へと語りかける様子を見ていたのなら。
彼女は降り積もる葉以上に、
こみ上げる想いに耐えられず涙を流した。
けれど、其れを知らぬ杏奈は〕
いえ。あの、私は。
〔誘いの声に、恥ずかしそうに俯き首を左右に振った。〕
独りで、大丈夫、です。
〔何処かズレた返答をする。
シーツに包まる身体は微か、震えていると云うのに〕
〔杏奈は二人を見送り、再び独りを噛み締める。
彼女の頭上を覆うハナミズキ。
其れは背を撫でる様に、優しく揺れた。〕
?
〔どれ程の時が流れたか。
次に彼女が人を認識したのは老齢の男性。
優しそうな顔立ちの挨拶に、〕
おはよう、ございます。
〔杏奈もぼそりと返し、軽い会釈で見送る〕
〔耳に届く微かな声でおおよその察し。杏奈自身が繰り返す呼吸が、自身で一際強く感じてしまうのは、常では無い状況に惑う心のせいか。〕
――。
〔周囲の人のやりとりに耳を傾けては黙り。
瞳が窺う様に、ちらちらと合間を行き交う。
殺人、はじまりのくらく、と聞こえれば〕
――。
〔すぅ、と細まる瞳。
暫くは場に留まっていたが、
やがて人が散り行くのであれば
続いて割り当てられた家屋へ戻るだろう*〕
- 朝・割り当てられた家屋前 -
〔2度目の逢瀬は必然。
杏奈は一人、ハナミズキを見上げ涙を流す。
頬に伝う温もりは、顎先に触れ地に落ちる頃、
その温もりを失ってゆく。〕
……管理棟の前の子じゃない
〔呟く言葉と共に、ゆらりと伸びる手。
昨日まで纏って居たシーツは家屋の中だが、
今日はシーツの代わりと言わんばかりに、
その身のあちらこちらについている、羽毛。〕
此処だったんだ、ね…
〔触れた手は更に奥へと伸び、
その木を抱きしめる様に優しく回される。
きつく抱きしめ、瞳をとじて〕
ごめんね…
ごめん、…ごめん、ね…
〔辛そうに零す言葉。瞼は微か、震えている。〕
あなたは、ワタシ。
もうずうっと、一緒だから。
〔口許には用意された笑顔が浮かぶ。
何処かぎこちない、諦めの様な。
杏奈の数倍もあるハナミズキは揺れるだけ。
しがみつく杏奈を、抱擁する事も無い。〕
ただ、ありがとうって。
一言だけ言いたかったの。
――、云いそびれてしまったけど。
〔云いそびれた、と零す杏奈の脳裏に去来するは
いつかの行き交う雪球と二人の男性。
そして、挨拶を呉れた綺麗な女性。〕
勝手なのは……解ってる。
でも、もう長くはないから。
〔小さな身体は木から静かに離れ。
見上げる顔は切なさに彩られ、儚い微笑み。
制服から数枚の羽毛がはらはらと落ちる。〕
勝手でも、期待するしかなくて…。
〔きゅ、と唇を噛み暫しの間。
再び唇が音を紡ぐ頃、香るハナミズキ。〕
お父さん、お母さんにもありがとうって。
――、云いたかった。
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