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[一度身震いをして、ぐし、と鼻のあたまを擦る。
憮然とした面持ちの蛇遣いは何かを探す態で室内を
見回し――獣医の記帳机にあった紙を手に取った。]
…耳印、オラヴィ。低体温…
…耳印、ヘイノ。低体温、酷い涙目…
…耳印、ヘイノ。低体温…
…耳印、ヴァルテリ。低体温、過眠症…
…耳印、ユノラフ。低体温…
[読み上げるそれには、ウルスラが診ていた馴鹿の
症状と持主―耳の切目にて知れる―が*並ぶ*。]
ウルスラ先生、…やっぱり…
[ウルスラの骸引く橇に、手伝いをと差し出される
レイヨの手へは――す、とビャルネの杖を渡した。
引手の弱さにふらつきがちな橇の軌道は、車椅子の
青年が後ろからその杖で進みゆく傾きを調整すれば
蛇遣いがひとりで引くよりも安定していただろう。]
…
[ウルスラの小屋にて…物言わぬ彼女のしかばねを
横たえた部屋にて。蛇遣いは、レイヨが歯噛みする
微かな音を聴く。憮然とした面持ちは変わらない。]
… ひとが、トナカイに。
病を伝染(うつ)しているのだ。
[「やっぱり」。続きを問う相手への応えは短い。
レイヨは反応でなく、新たな、そして思いがけぬ
死者のあることを告げた。蛇遣いは僅か目を瞠る。]
…? ヘイノの奴が、…死んでただと?
[集められた当初、ヘイノとの遣取りが周囲の目に
どう映ったか当人はしらず。ただ、寒がり同士の
応酬に蛇遣いがにこりともしなかったのは確かだ。
今は完全に気を取られるとはなくも、紛れもない
驚きを隠さずに眉根を寄せる。一度押し黙り――]
夕刻に会ってきたばかりだぞ? いったい…
…「殺されていた」わけではない、のか…
[他にもとレイヨが呈する可能性へは応えず。
蛇使いの指先は、机に置いたウルスラの記録を
ゆっくりと辿った。病気のトナカイの持ち主に
散見されるのは――誰あろう、ヘイノの名。
よくトナカイの傍に居て、絶えず撫でる男の。
毛皮を幾重にも着込み、寒い寒いと言う男の。]
――…
[険しくする面持ちの儘…レイヨを見遣った*]
[『癒すべきは…――』
消え入る声の続きを、蛇遣いは引き取らない。
死因はヘイノを見つけたレイヨにわからないのなら、
まだ見ていない蛇遣いに確とわかる道理もなくて。
ただ目の前に在る記録と自身が知ることを照らし
病でなければ安心するとだけ曖昧に添えて置いた。]
…まじない師… あれがかね?
なるほど、それで――『初めからいらないし』か。
[ドロテアへ「この世に不必要なものなんてない」と
声をかけておいて、自らは守りの菓子をいらないと
吐き捨てた夜警の様子>>1:22を思い起こしつつ零す]
…聞きたくない報せばかり、耳に入る。
[独り言めいて吐息を落とすと、場を離れるらしき
レイヨの言にそうだなと頷く。自らも、凭れていた
机から身を離してもう一度ウルスラを視線で撫で…]
あたしは、イェンニのところへ。
[病の件を問われると、…ぐず、と鼻先へ啜る音を
立てる。それが応え。飾り杖を確と受け取って――]
若先生。
互いに、殺す機をはかるなら今だと思うよ。
[大蛇のとぐろで盛り上がった首周りへ、
顎先を埋めながらレイヨを見遣ったとき――
片手で開けた扉の外から、>>73
遠くなにものかの咆哮が上がるのが*聞こえた*]
あんたは、「変わらない」のだったな。
――さて… どうしたものかね…
そう…
ヘイノの奴が、病で死んだのでないといい。
骨鈴の―― お前は、違うよな。
どちらかと言えば、寒さには鈍いほうだった。
[死と滅びとに魅せられて、寒空に立ち尽くす
片割れの姿を思い起こしながら遣い手はつぶやく。]
…ひとに取っては、
死病でもないと思ってたんだけどもな。
[突然の死を招くほどに重篤化するものなら。
トナカイたちに広まればやはり滅びは近いかと、
いまは自らのことは置くこととして蛇遣いは想う。]
[開いた扉から聞こえた咆哮は、同じひとの耳持つ
レイヨに聞こえたか否か。感慨を浮かべて外を一度
見遣ったが――告げられる詫びへと緩く振り返る。]
詫びも聞きたくはないが、
耳に入ってしまったものは仕方がないな?
[彼の小屋へ招かれたときのように、
戸口の覆いを捲り上げて、レイヨの車椅子を通す。]
うむ、あたしに奪わせたくないなら――
【 ――がつん―― 】
時間を差し出せ、歩まぬレイヨ。
[蛇遣いの脚が、車椅子の背後から…
ティッピングレバーを思い切り蹴り下ろした。]
[跳ね上がった車体が戻る衝撃は、青年を
戸口の雪上へ投げ出すに充分な衝撃だろう。
レイヨが起き上がろうとするのを、力でなく
動作のみで制するように。彼の薄い胸板を踏む]
歩めるのだとしても――やめておけ。
そして、今宵は永らえろ。
[見下ろす瞳は、虎の如きいろをしている。]
これで… 安心だろう。
[青年の胸へ載せた脚は、鋭い動作ですぐに引く。
溢れる赤が新雪をよごすと、蛇遣いは眉を顰めて
粉雪塗れのレイヨを咎める如き面持ちで見遣った。]
…あまり、それを零すな。
おおかみを遠ざけるに難儀する。
[差し上げましたと口にする彼へ、それでも鷹揚に
頷いて――厚い毛皮を首元へ掻き寄せ背を向ける。]
いざという折に力が出ぬでは…
庇ってくれたカウコに、申し訳が立たん。
…イェンニに、会いにゆくのだ。
約束を果たしたなら、訪ねよう。
[横殴りの風雪、激しくなりゆく吹雪。
ぐず、と鼻先へ音を立て蛇遣いは足を早めゆく。]
礼の仕返しと、
時が足りぬかどうかは――その折に*。
[いつの間にか戸外に出てきたマティアスの犬は。
円な瞳を輝かせ――ころころと転がるように駆ける。
あん
――ひと鳴きと共に、跳躍。
ひとの血肉の味を覚えた仔犬が、喰らいつこうと
おさないながらに鋭くも鈍いその牙を向ける先は]
[女の手首を舐めたばかりの、*盲男の紅い舌*]
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